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□恋する狂犬U-16
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『ハルー!おーいハルー!生きてんのか死んでんのか返事せぇー!』


狭山さんが龍司くんの実の妹だと知ったあの日から三日が過ぎた。家にひきこもったままの私の携帯の留守電には真島さんからの伝言が何件も入っている。

このまま放っておくと町中捜索されそうで、私は少し躊躇いながらもリダイアルボタンを押した。


「モシモーシ!ダレー?!」

「あ、真島さん何度も電話もらってたのに……」

「モシモーーーシ!!……アカン、聞こえへん!モシモーシ!!」


そうか、仕事中で周りの音が大きすぎて私の声が聞き取りにくいんだ。


「わ、私です!ハル!!ハルです真島さん!!」


今出せるありったけの声で呼び掛ける。



「ヒヒッ、聞こえとるでハル。生きててよかったわ〜!」


聞こえない振りをしてわざと大声を出させた真島さんは楽しそうに電話の向こうで笑っていた。


「そない大きい声もだせるようなったっちゅ〜ことは風邪も挽回やな!ほな今晩メシいこか!」

「えっ、いやそんなつもりじゃなくて」

「なにゆうてんねん治ったらドスのお礼さしてや言うたやないか!ほな19時に韓来でえエエな?待っとるで〜!」


一方的に切られた電話。

音信不通で心配までかけておいて行かないわけにはいかない。締め切っていたカーテンを開けると太陽が沈みかけていた。
窓をあけベランダに出ると冷たい空気が私の背筋を伸ばす。

お風呂に浸かってリフレッシュしてから出掛ける準備をしよう。
そう決めてバスルームへ向かうと電話が鳴った。


液晶画面には【狭山さん】と通知がでている。少し緊張しながら私は通話ボタンを押した。


「も、もしもし」

「あ、私。風邪ぶり返してない?」

「あ、はい。もう平気です。……あの…………」


少し無言の時間が流れ、沈黙を破ったのは狭山さんだった。


「ごめんなさい。傷つけようとしてあんなふうに言ったんじゃないの。」

「いえ、気にしないでください。それに本当のことだし……。」

「ふふっ、なんか急に兄妹が増えて笑えるわ。言っとくけど私、血は繋がっていてもやっぱり彼のこといまさら兄だなんて慕うことはできへんわ。」

「狭山さん……」

「きっと彼もそう感じてるはずよ。結局のところ1番の妹はあなただと思うし、私だって別に取り合う気なんて全くないわ。」

私が自暴自棄になりそうなのを宥めるように狭山さんは話を続ける。


「彼、まだ若いじゃない、極道の上を目指すにはまだ守るべきものなんて持っちゃ駄目だとおもうの、無茶できなくなるもの。あなたが彼に寄り添うのはもっと先でもいいんじゃない?」


そうだ、龍司くんはどうしてもやらなきゃならないことがあるって私を神室町に置いていったんだ。桐生さんに負けたからって私のところへ戻ってくるわけじゃない、もっともっと強くなるためにまだまだ龍司くんは前に進んでくんだ。
さよならを言わなかったのは私がただの恋人じゃなく、妹だから。高校卒業後から10年近く連絡すらとってなかったのに、再会してあの頃と同じように二人で過ごせたんだ。いつか再び会った時も、きっと変わらない関係でいられる。それがわかってるから龍司くんは安心して私の前から姿を消したんだ。

龍司くんの乗る車から降りたあの日を思い出す。今と同じようなことを考えて、納得して、笑って毎日過ごしていこうって決めたのにどうしてこんなにすぐにぐちゃぐちゃの堂々巡りにになってしまうんだろう。


「狭山さん、私こそごめんなさい。龍司くんが私に言ったことや自分自身気持ち、今度こそやっと整理ができました。」

「そう、ならよかった。……まあ、警察の私がまるでやくざの在り方を尊重してるみたいでおかしいけどね。フフッ。」


神室町にいる間にもう一度会うことを約束し、私達は通話を終えた。



湯船に浸かり、ガタガタになっていた心をリラックスさせる。

龍司くんは生きている。ならそれでいい。私が神室町にいる限り、彼はいつでも会いに来れるのだから。









着替えて約束の時刻に韓来へ向かうとタイミングよく反対側から真島さんがこちらに向かって歩いていた。


私に気づいた真島さんは右手をブンブン振って名前を呼ぶ。

「迎えに行こう思たんやけど、よう考えたら住んでるとこ知らんかったわ〜!ほな入ろか〜!」


席に着くなり真島さんはメニューの片っ端から持ってくるように店員さんに注文する、

「や、真島さん!そんなにいくらなんでも食べれませんよ!!!」

「……さよか〜……ハル焼き肉好きやからたらふく食わしたろうおもたんやけど……。」

「たらふく食べさせてもらいますけど少しずつ追加していきません??ね??」

「……そうかぁ〜?ほなそないしよか!ネェチャンあとビール追加な!ハルは何する??」


やがてテーブルの上には上塩タンが運ばれてきた。

トングで二枚ほど網に乗せじっくりと育てる。
食べ頃になった肉を真島さんの取り皿と自分のところに乗せる。

「いただきまーす!!……っおいしい〜〜!!」



やっぱりいつ食べてもお肉はおいしい!

にんまりと舌鼓を打っていると正面から痛いほど視線を感じる。


そういえば前回ここに来たときは、離れた席から殺されるんじゃないかというほど真島さんの視線を受けてたっけ。


「ほんま幸せそうに食べるのぅ〜。」

「はい!幸せです!」

いつの間にか網の上には新しくお肉が乗せられていて、それを甲斐甲斐しく育てる真島さんは、まるで餌付けしているかのように私の取り皿にひょいひょいお肉を乗せていく。


「ホレ!ぎょうさん食べ!」

「真島さんは食べないんですか??」

「ん〜食べとるで?ワシは酒飲みながらのアテやからハルみたいなペースで食えん!」


ふと真島さんの掴むジョッキを見るとあと2、3口で飲み干しそうだったので店員さんにビールの追加をお願いする。


「お待たせしました。」

「なんや、注文してくれたんかいな、気ィ利くのぅ〜!」

「真島さんこそ私がお肉を飲み込んだ絶妙のタイミングで新しいの取ってくれるじゃないですか。なんか餌付けされてるみたい。」

「え?気づかんかった?せや、餌付けしとるんや。ヒャッヒャッ。」



良いお肉はいくらでも食べられる、というのもさすがに限界はあって、口に運ぶペースが落ちてきたのをわかってか真島さんが焼く手を止める。


「そうだ、真島さんはどうして建設会社を??」

「う〜ん、まああれからいろいろあってなぁ〜。けっこうオモロイんやで?建設の仕事って。」


メニューを開きパラパラとページをめくりしばらく眺めた真島さんはそのまま何も追加せずにメニューを閉じた。


「そっちこそあれからどないしてたん?どこにおったん??」

「あ〜、関西にいたんです。神室町にもどってきたのはほんと最近で……。」

「そうかぁ。なんでまた関西?まあたま〜に関西弁出るからそっちになんかゆかりがあるんやろけど。」

「う〜ん、まあいろいろあって……。話せば長くなるのでやめときます!」


一瞬だけぴくりと眉を動かした真島さんは残りのビールを飲み干すと立ち上がった。


「ほなそろそろでよか。」






「ごちそうさまでした!やっぱりお肉は最高ですね!ほんとにありがとうございました!!」

ぺこりと頭を下げてお礼を言いながら満たされたお腹をさする。


「どういたしましてや!さ、デザート行くやろ??」

「えっ?!」

「まさか入らんとか言わんやろなぁ〜?甘いモンは別腹や別腹!!ほら!いくで!!」


半ば強引に中道通りを目指し歩き出す真島さんの後ろを小走りで着いていく。


「ついたで。お?席空いとるやないか〜!」




辿り着いたのは神室町で1番大きな喫茶店、アルプスだった。


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