main-連載


□恋する狂犬U-16
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「あ、モシモシ??」

「はい」

「ワシやけど……風邪ひいたんやってなぁ…………って、あ!ワシのことわかる???」



薬が効いて少し熱も引いてきた夕方、静かな部屋に携帯のマナーモードのバイブレーションの音が響く。
手探りで携帯を掴みとると画面に表示された番号を見て私は驚いた。

「わかりますよ、真島さんでしょ?」


クスクスと笑いながらそう答えると、クイズ番組のようにピンポンピンポン正解〜!と大袈裟に反応する。きっと電話の向こうで体もばたばた動いてるのだろう。


「どないや?ちょっとはマシになったんか?」

「はい、薬がやっと効いてきたみたいで。」

「さよか。なんかいるモンあったら届けたるけど何かないか?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」

「あ、これな、府警のネェチャンから聞いたんや。えらいフラッフラで歩いとったらしいのう。」


話す真島さんの後ろでは大きな工事の音がする。

「お仕事中……ですか?」

「ん?せや。後ろ喧しいて聞こえへん??」

「ううん、聞こえてます。」

「そか。ほなゆっくり寝て治すんやで?なんかあったらすぐ電話してきぃ。」


別れて偶然再会したというのに、よそよそしさの欠片もなく一気にあの頃と同じ距離に入ってくる真島さんに私は少し動揺する。


「あと、治ったら飯でもいかへんか?ドスのお礼がしたいし。飯あれやったらなんか欲しいモンでもゆうてくれたら……」

「お礼なんてそんな……」

「アカン!お礼さしてくれなワシ暴れるで!ほな治ったら絶対連絡してくるんやで!!ちょっと西田が困っとるから行ってくるわ!!ほな!!」



答える間もなくブツリと切れた通話。

まるで一緒にいたときのような態度の真島さんに、もしかして彼の中では終わってなかったのかな、と思わず考えてしまう。
そんなことあるわけない、だってあの日からどれだけ時が過ぎた?きっと彼にはお見通しなんだ、今私にぽっかり穴が開いてること。だから不憫におもってこうして気にかけてくれてるんだ。

冷蔵庫から冷えたスポーツドリンクを取り出し、水で少し薄めてから喉に流し込むと、乾いた体が水分を吸収していくのがわかる。

熱が下がったら狭山さんに龍司くんのいる病院へ連れていってもらおう。傷ついた彼を見るのは少し怖いけれど、それでも生きていてくれてよかった。相手が桐生さんでよかった。


ベッドに戻り、肩まで布団を引き上げる。

とにかくはやく治さないと。


いつの間にか私は再び眠りにおちていた。

















「え……?」

「だから昨日、郷田龍司がでていったみたいやわ。」





桐生さんと龍司くんがいるはずの病院に向かう途中、狭山さんがそう言った。


「どうして?!」

「さあ……。まあ近江連合の人間がここにいたらなにがあってもおかしくないからね、大事をとって転院したんじゃないかしら。」


看護師さんに龍司くんの行き先を聞いても教えてはくれない。
途方にくれた私はとぼとぼと肩を落としながら桐生さんの病室へ向かった。



「ハル。」

「桐生さん。体はどうですか?」

「ああ、もう動けるんだがな。」

「ちょっと一馬、ハルちゃんだけやなくて私もおるよ?」


わざと拗ねたような顔をした狭山さんがやけに女の子っぽくて可愛い。

「兄妹の再会は一瞬で終わってしもたわ。」

「フッ、そうだな。あいつらしいじゃないか。」


一瞬もなにも、私はあの日龍司くんの車から降りて、そこから一度も会えていない。


「私、あれからまだ会えてなかったんですけど……。」

「??」

「……私、龍司くんと兄妹だって話、お二人にしましたっけ?」




和やかだった空気ががらりと変わった。眉をしかめた狭山さんが私をじっと見つめる。


「兄妹……やて??」

「あ、あれ?ご存知だったんじゃないんですか???」


私と狭山さんの視線がからまる。一体何?もしかして狭山さんは彼女だったとか??



「……ハル、薫は……」

「私、郷田龍司と兄妹やってん。まあついこないだ知ったんだけど。」

「兄妹……」


龍司くんと狭山さんは父親違いの血の繋がった兄妹だったということを、桐生さんが簡単に説明する。


「ハルちゃん、あなたもまさか……」

「……いえ、私は……私は血は繋がってません……ただ、幼い頃から一緒にいただけで……」



血は繋がっていない


自分の口から一番言いたくなかった言葉。
血は繋がっていない、だからこそ結婚できる。そう嬉しくおもっていたはずなのに実際血の繋がりのある妹が現れた途端、それが自分にないことがひどく悔しい。


「幼なじみってこと??でいいん??」

「幼なじみというか……ついこないだまで一緒に住んでいて結婚するはずだったんですけど……」


「妹で幼なじみで恋人??めちゃくちゃやなあんたら。」

「薫っ!!」


あまりにも率直な意見をぶつける狭山さんを桐生さんが止める。


「確かにめちゃくちゃですよね……家族としての好きなのか、一人の男性としての好きなのか……わかんないですよね……。」

「それって独り占めしたいだけじゃない、ただの我が儘やん。」

「薫落ち着け。」

「ならどうして?なんで妹であり恋人であるあんたを置いて会いもせずに消えたん?普通連れて帰れへん?大事なもんやろ?!」

「………………」


言い返す言葉が見当たらない。こうしてはっきりと私達の関係について意見を言ってくれる人がいなかったせいで今まで気づかなかった、いや、気づかない振りをしていたんだ。

私はとんでもなく我が儘だ。

我が儘で、自己中で……最低だ。



ボロボロになって龍司くんと再会し、その優しさに甘えた。若かった日々の恋心を思いだし、再び龍司くんに恋をした。龍司くんに逃げたんだ。
恋人になり、そして夫婦になれば二度と離れることはない。龍司くんのことが大好きだ。

けれど、夢に出てくるのは恋人としての二人じゃない、兄妹として笑いあっていた二人。

大好きなのに変わりはない。けどどこか違う。
そう気付きそうなのをずっとずっと蓋をしていた気がする。

「別に意地悪してるんとちゃうよ、思たこと言ってるだけや。」


「……ごめんなさい、私、帰ります。」



その場にこれ以上いることが出来なくて、私は病室を飛び出した。










「……エライ事聞いてしもた〜」

「なっ?!なんであんたがここにおるん?!?!」


ベッドの下からヌルリと真島が姿を表す。長身をこの下に隠し込むなんて随分体に無理をしたのだろう。首をゴキゴキと鳴らしながらパイプ椅子に腰を下ろす。


「だって桐生チャンがいまからハルが来るでぇって連絡してきたからなぁ。ほんでこっそりハル見ようおもて隠れてたらこの様や。えらいこっちゃなぁ〜。」

じとりと舐めるような目で狭山を眺める。

「な、なによ??」

「アンタが郷田龍司の妹やとはなぁ〜。そんでもってハルも一応郷田龍司の妹やなんてな〜…………ハァ。」

元東城会四代目会長と近江連合会長の息子の妹と、元真島組組長のワシと近江連合会長の息子の妹……東と西がこないなところで交わることになるとはのぅ。


そうぼんやりと考えながら真島はパイプ椅子の背もたれを桐生の方へ向けて置き直すと、跨ぐように座り背もたれに肘をついた。


「ん〜、ワシ思うんやけど、郷田龍司は結局大事な女より極道で上に立ちたいって思いのほうがでかかっただけちゃうん?」

「だったらっ……」

「府警のネェチャンが言いたいことはわかるで?けどな、郷田龍司、アイツまだ若いやろ?若いのに両方手に入れようなんぞ上手いこといくわけあらへん。」


若くして組を持ち、極道社会の頂上を目指す人間を何人も見てきた真島はなんなとなくわかる。そういう人間は大抵敵も多く、家族や恋人は常に狙われやすい。それに、志半ばでその大事な女を駒として扱った人間も見てきた。
そんな風にこの先自分が変わってしまうかもしれないことを恐れた結果、龍司はハルを今手放したのではないだろうか。
幸いなことにハルとは血の繋がりはないにしろ兄妹という家族。二人が兄妹だということは極々限られた人間しか知らない。ならば自分の女でなくなってもいつか会える。狙われる可能性も少ない。
それにいつか極道社会の頂上に君臨した時、もう一度大切な女として隣に置くこともできる。



「せやからそないニイチャンを責めたりなや。若いなりに考えて出した苦渋の結論なんやて。」

「真島の兄さん……。」

「ま、ゆうてもアイツがテッペンとることはなかったわけやしもしハルを迎えにきたとしてもこのワシが渡さんけどな、ウヒャヒャヒャヒャ」








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