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□恋する狂犬U-13
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「もしもし、先ほど連絡戴いた郷田と申しますが……。」
伝言は龍司くん宛てだった。
なのに私に連絡が入るということは、はじめから連絡先を私にしていたのだろう。
「あっ、郷田様!ご連絡有難うございます!本日鍵の引き渡し日となっておりますがもう神室町へはお着きでございますか?」
オートロックの新築マンションの一室。ある程度の家具が揃えられているその部屋は所々龍司くん好みの雰囲気に仕上がっていた。
ベランダからは神室町が見える。
「ご一緒には住まれないんですか?」
ふいに後ろから声を掛けられ我にかえった私は室内に戻ると窓を閉めた。
「はい、しばらくは……」
「そうですか、失礼しました。ではお一人の間もしなにか困った事などありましたら遠慮なく連絡してくださいね!神室町から少しだけ離れているとはいえやっぱりこの辺りもそこまで治安が良い訳ではありませんので……。」
少し困った顔をしながら不動産屋の人は玄関へ向かいながら会話を続ける。
「普段はね、賑やかな繁華街って感じなんですけどたまにヤクザの揉め事なんかがありましてね。そう言えば今日もここへ来る途中、柄の悪い集団を見たのでなにかあるかもしれませんね。余程の事がない限り今日は神室町へは行かないほうがいいかもしれません。」
龍司くんの部屋にあったものより少し小さいけど同じ色のソファーに腰を下ろす。
彼が私の為に契約したこの部屋。
半年分の家賃はすでに支払われているらしく、それ以降もすでに龍司くんが引き落としなどの契約を済ませているので一体家賃がいくらなのかもわからない。
けれど神室町からそう離れていないここは私なんかが払える家賃ではないことは確かで、少し場違いな感覚すら覚える。
彼がなぜ神室町に私を置いたのかはわからない。前に住んでいたから?後で見つけやすいから??
とにかく気持ちを入れ替えてここで生きていく準備をしなければならない。
お礼のメールをしておこうと私は携帯電話を取りだしたけれど、やっぱりなにも送らずに鞄に直しこんだ。
突然生活環境が変わるのはもう4度目。
母親に置いていかれた時。
卒業と同時に関東へ連れていかれた時。
真島さんから逃げた時。
そして、龍司くんから離れた今……。
でも大きな違いがある。
今回は目の前が真っ暗でボロボロではないという事。
もちろん龍司くんと離れたのは辛いしさみしいけれど決して終わりじゃない。
また会う龍司くんの為に、元気な私を見せる為に今から生きていくんだ。
私は両方の手のひらで頬をパチンと叩き気合いを入れるととりあえずの生活必需品を買いにドンキホーテへ向かうことにした。
久しぶりに歩く神室町。
不動産屋の人が言っていた通りなにか事件でも起きているのかなんだか慌ただしい。
その証拠に泣きながら歩いている人や倒れている人もいる。
住んでいた頃と変わらない劇場前広場を抜けて恭平通りへ。
事件はピークを過ぎたのか辺りは妙な空気を漂わせていた。
中道通りとぶつかるあたりに人だかりが見え、ついつい気になって私もそちらへ足が向いてしまう。
すると、そこは地面は血痕と倒れた人だらけ。
騒然とした中、かすかに荒い息遣いとおぼつかない足音が聞こえる。
しかし人だかりの後方からは何も見えず、私はどこか見えそうな隙間を探した。
丁度前方にいた人が抜けようと後方に向かって歩き出した隙間。そこに急いで割って入ると皆から注目を浴びている人物が見えた。
「真島さんっっ!!!」
目は腫れ上が頭からは血が流れている、。
けれど決して倒れずゆらゆらと歩を進める真島さんからは殺気がまだ放たれていて誰も近づける状況ではない。
けれど、もう敵は1人残らず片付けたのか、それとも力尽きてしまったのかよろりとよろけた時にタイミング良く男性が駆け寄った。
それは桐生さん。
少し遅れてスーツを着た女性も駆け寄る。
話している内容など私に聞こえるわけがないけれど、この件に龍司くんが関わっていることを改めて実感する。
私はつい、倒れていた人の胸についたバッジを確認した。
真島さんとやりあった組は郷龍会ではない。でも近江連合に違いない。
こんなにふらふらになってる真島さんなんて見たことなかった。
そして龍司くんが拳を合わせようとしているのは桐生さん。
真島さんも龍司くんも桐生さんもみんな遊びではない、命を懸けて向き合っている。
初めて知っている人がぼろぼろになっているのを見て私は足が震えた。
「ねえ!ちょっとあなた!!」
急に人だかりが割れ、我にかえった私は真島さんに寄り添う女性と目があった。
「そう!あなたよ!手伝って!」
「え……」
「さっきこの人の事呼んだでしょ?知り合いやったら手を貸してちょうだい。」
前髪を綺麗に斜めに分けた整った顔立ちのその女性に睨むように見つめられ、私は断ることが出来ず少しずつ二人に近づく。
「彼、さっき意識を失ったわ。救急車を呼んで。」
震える手で携帯電話のボタンを押す。
電話口からの問い掛けに答える私の声はひどく弱々しく震えてうまく話せなかった。
「……あなた、ひどく動揺してるけど大丈夫なの?」
「……………」
「……はぁ。まあいいわ、救急車と一緒に警察も来るわ。私が警察を足止めするからあなたは彼と救急車に乗って。」
「は……はい……。」
やがて救急車のサイレンが近くなり通行する人の動きですぐそこまで来ていることに気づいた私は、ここにきてやっと目の前の真島さんに視線を落とした。
頭からであろう流れる血を止めようと鞄の中身を地面にひっくり返してハンドタオルを探す。手に持ったそれを額に当てればほんの少し表情が歪んだ気がした。
「中に運びますので付き添いの方はこちらに!」
テキパキと血圧や脈などをチェックしていく救急隊員の邪魔にならないよう急いでぶちまけた鞄の中身を拾い集めていると一本の血だらけのドスが落ちていた。
私はそれも一緒に鞄に詰め込むと真島さんを乗せた救急車に急いで飛び乗った。