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□恋する狂犬U-13
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どうしてもっとはやく離ればなれになることを教えてくれなかったんだろう。
もっとはやく知ってたら心の準備だってできたし、もっとたくさん思い出を作れたのに。
けれど……
あんなに気合いの入った龍司くんは初めて見た。
いつものようにどっしりと構えているようにみえるけれど、どことなく落ち着きがなくて何かに追い詰められていて。
なのにどこか楽しげで。
それは、私の知らない龍司くんだった。
これからのことを打ち明けられた後、どうしてもすぐに車から降りる決意ができなくて、私は彼に無理を言って車から出ないのを条件に、葬儀が行われる場所まで連れていってもらうことができた。
やっぱり…………東城会だ……
会場が近づくにつれ増える黒塗りの車と喪服の男達。
もっと近づけば私の知っている人もいるだろう。
桐生さんは前に会った時やくざじゃないと言っていたのでいる可能性は少ないが、真島さんがいる可能性は充分にある。
【絶対に車から出るな、窓も開けたらあかん
。誰かが覗きこんできても徹底的に無視してまっすぐ前を見とけ】
じきに到着することを感じた私は言われた通りに背筋を伸ばしまっすぐ前を見た。
それを見て龍司くんが「ええ子や」と少しだけ微笑んだ。
やがて車は大きな門の前でスピードを落とし外側からドアが開けられた。
龍司くんが車外に出て東城会の門をくぐっていく。
東城会の人間に車内を見られないようにかすぐにドアは閉められ、車を取り囲むように郷龍会の人達が整列した。
ざわつき、聞こえてくる怒声。
龍司くんの話し声は微かに聞こえる程度で内容までは聞き取れない。もう1人、話し声が聞こえる。
いつの間にかざわついていた会場はしんと静まり、龍司くんともう1人の会話に皆注目しているようだった。
しばらくして車の周りがざわつき外側からドアが開けられる。
大きな体を屈めて乗り込んでくる龍司くんの隙間から見える会場。
私は約束通り前を向いていた。けれど視野の端の方に飛び込んできたオールバックの人。
あれはまちがいなく桐生さんだ。
すぐに車が動きだしどんどん景色が変わっていく。
もういいだろうと龍司くんのほうを見れば実に楽しそうににやにやと口元がゆるんでいた。
「どうしたの?ずいぶん楽しそう。」
「やっと本気で戦えるんや。いますぐにでもやりたあてしゃーないわ。」
彼は手元に置いた日本刀を小さく鞘から抜いては直しを繰り返し、カチャカチャと音を立てている。
「はよう3日経たへんもんやろか。うずうずしてどないかなってまいそうや。」
首をゴキンと鳴らし笑う龍司くん。
それは兄の顔でも恋人の顔でもなく、郷龍会会長 郷田龍司だった。
今の彼の中に間違いなく私はいない。
今までも隣にいるのになにか考え事をしていることはあった。
もちろんそれは悪いことでもないし私も気にしたこともないし問題ない。
けれど、今回は違う。
私の知っている郷田龍司はいない。目の前にいるのは彼の背中に描かれた黄龍。
黄龍に飲み込まれた今の彼に、私が入る余地がない。
それにもし、すこしでも私が入り込んでしまえば、それは彼にとって大きな隙になる。
龍は一匹でええ
そう龍司くんは言っていた。たぶん桐生さんの背中にも龍がいるのだろう。
きっと命を懸けた戦いになる。
隙を作るなんてしてはいけない。
彼の中にひと欠片でも私を残してはいけない。
完全に彼の中から私を消さなければならない。
そっと運転手に車を止めてもらうように伝えた私は、停車したと同時に静かにドアを開けた。
龍司くんに背中を向けて、アスファルトに足をつけゆっくりと車を降りる。
「ハル」
閉めかけたドアの奥から彼の声が聞こえ慌てて覗きこむと、彼はさっきまでとかわらず正面を向いたまま眉間に皺を寄せながら口角を上げていた。
そのままの状態でもう一度口を開く。
「行ってくるわ」
別れの言葉でもなく愛の言葉でもなく普段と変わらない言葉。
震えそうな声を誤魔化すために私は一度咳払いをしてから答えた。
「いってらっしゃい!」
バタンとドアを閉めると窓にはスモークが貼られていてもう中の龍司くんを見ることはできない。
私は車が走り去るのを見送ることなくすぐに背を向けて反対方向に走った。
冬だというのにコートの中が汗でぐちゃぐちゃなのに気づいた私は、ちょうど目に入った公園のベンチに腰を下ろした。
コートのボタンを外し、ハンドタオルで首元を拭う。
タオルを持った手の甲に生温い滴を感じ、何だろうと鏡を取り出し自分を映す。
そこにあったのは、涙でぐしゃぐしゃになった顔だった。
自分でも気づかないうちにあふれでていた涙。
次はいつ会えるかもわからないのに龍司くんが最後までこっちを見てくれなかったのは、私の涙に気づいていたからかもしれない。
「……あえてこっちを見なかったんだ、龍司くん……。」
もし、気にせず彼が私を見て、すこしでも動揺の色が見えていたら……
私は声をあげて泣いていたかもしれない。
「ありがと……龍司くん。」
最後に交わしたのはいつもと変わらない言葉。
いつ会えるかわからない。
もしかするともう二度と会えないかもしれない。
涙が自然と溢てくる。
でも心の奥のほうはあったかいまま。
それはきっと、普通の恋人同士じゃない、それ以前に兄妹という繋がりが私達にはあるから。
たとえ私がおばさんになって待ちくたびれて別の人と結婚したとして、それから彼と会えたとしてもお互い笑って過ごしていける。
彼がお嫁さんをつれていたとしてもきっと大丈夫。
これから出会う誰よりも龍司くんが一番私のことを知っていて、私も彼のことを知っている。
だから大丈夫、離れても寂しくなんかないし悲しいなんて思わなくていい。
やつれた顔なんてしてはいけない。
そんな私を見せれば彼は今日の日の事を後悔してしまう。
自分の欲望の為に私を捨てた日になってしまう。
私は捨てられたんじゃない、ずっとずっと繋がってる。
だから、いつ彼が目の前に現れてもとびきりの笑顔で迎えられるように、これからの日々を過ごしたい。
いつの間にか汗は引き、濡れた肌着が体温を奪っていた。
日帰りのつもりで来たので着替えなんてひとつもない。
とにかく泊まる所を探さないと。
私は時間を確認しようと携帯を取り出した。
すると、知らない番号からの着信の知らせがあり、その相手は伝言を残していて、あまり気乗りはしないけれど私は渋々再生ボタンを押し携帯を耳にあてた。