main-連載
□恋する狂犬U-10
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「わしまだやることあるから行ってくるわ。何時になるかわからんから先に寝とき。」
窓から見える大阪のネオン。それをみて安心したのはハルだけではない。
家の前で彼女を降ろすと少し急ぐように車が走り去っていく。
またひとり残されたハル。だけど東京のように見張りや護衛がつくことなく自由に過ごせる大阪はやっぱり居心地がいい。
座りっぱなしでむくんだ体を労ろうと少しぬるめのお湯をはる。お気に入りの入浴剤を入れて体をその中へ沈めると、心も体もほぐれていく。
ひさしぶりだったなぁ、神室町
車内から感じた空気。大阪、蒼天掘の賑やかさとはまた違う騒がしさ。あの町で私は一生懸命生きてたんだ。
ひとりぼっちになっていた私はあの職場にどれだけ助けられただろう。あの寮のおかげで孤独を感じることも薄れ毎日があっという間だった。
寮といってもルームシェアのような部屋で、ダイニングで食事をしていれば自然と皆集まってくる。お店の話はもちろん恋の話もした。
定休日前日は毎回朝までコースで飲んで喋って。
毎日ほんとうにあっという間だった。
私は神室町を離れてから初めて楽しかった頃を思い出した。きっとまた会えるとはおもってなかった結城さんに会ったからかもしれない。
大阪に来てもうすぐ1年になる。
もう一度頑張ってやり直すべきなのか……、それとも命を経って楽になってしまおうか……。後者のほうに天秤がほぼ傾いていたあの時、偶然郷龍会の人に声をかけられた。
もう自分の事などどうでもよくて何も考えることもなく連れてかれたおかげで、まさかの龍司くんともう一度出会うことができた。
その後どれくらい引きこもっていたんだろう。毎日をぼんやりと過ごしているかと思えば深夜の物音に過敏に反応し眠れず恐怖に支配された日もあった。
でもそんな私をどこかへ追いやることもなくずっと置いてくれた龍司くん。彼がいなければもうとっくにあの世へ行っていただろう。
「さっきの人彼氏?なんだか幸せそうでほっとした。」
二人きりになったときに結城さんが言った台詞を思い出す。
そうか、もう兄じゃない、彼氏なんだ
そう実感すると心が暖かくなると同時に自然と顔がにやけてくる。
締まりのない顔が鏡に映り我にかえったハルはぶくぶくと湯船の中へ沈んだ。
だけど……
そう、あれは大阪に行く少し前からだったか、たまに彼から殺気というかなにかこわいオーラを感じる時がある。
それは決して自分にむけられているものではないけれど側にいるとその空気を感じる頻度が増えてきたような気がする。
なんとなくわかる。きっと揉め事が起きる。
私には彼しかいないけれど、彼にはたくさんの守るべきものがある。できるだけ自分が重荷にならないように、不安のひとつにならないように、そうこれからを過ごしていこう。自分にできることはそれくらいしかないんだから。