main-短編


□デトックス
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どこかで瓦礫の崩れる音がする。
彼らは無駄に嗅覚でも発達しているのだろうか、いつのまにか建物の前の道にちらほらとゾンビが集まってきていた。

充血しているのかそれとも…。それに気付いたやけに赤い目のまだ人間の二人は楽しそうに銃口を向ける。


「こいつらがゼロになるかワシらがこいつらの仲間になるか…」
「どっちが先でしょうね。」



まさか同じ運命をたどる者がいたなんて。

考えて見ればここに群がるゾンビ達ももとは人間、逃げそびれ襲われこうして今度は人間を襲う立場になっている。けれど今まで咬まれたという人間に出会わなかったのはなぜだろう。もしかしたら自分は発症速度が遅いのか、いや、ひょっとしたら効いていないのかもしれない。

そうささやかな希望を持ってはみるものの、どんどん赤くなっていくお互いの目を見ていればそれはありえない妄想だと気づく。



二人は集まっていたゾンビ達を倒し再び床に座り込んだ。


「真島さんちょっときて。」


見れば彼女は瓦礫の中から鏡の破片を手にしていた。
小さな破片に二人の顔が映るよう顔と顔を近づければ埃と血のにおいに混じってふわりと甘いにおいが真島の鼻をくすぐる。



「目、真っ赤。」
「お〜ホンマや!こら時間の問題やなぁ。」
「そのうちほっぺにも血管が浮いてくるんでしょうね、気持ち悪くて嫌だな。まあこれだけ汚れた顔してたらもうどうでもいいけど。」



彼女が言うように至近距離で見た顔は、汗でメイクも流れ落ちていてほぼすっぴんの状態。
ふいにひと際汚れた頬に、真島は黒に包まれた指先で触れた。




「っ?!!!!!」



なに?と左を向いた瞬間、真島のかさついた唇が重なる。



「もうでけへんかもしれんからの。」



一瞬離れた唇が動きぼそりと呟き、再び彼女の唇を塞ぐ。



好きだの惚れただのそんな事は考えてもいない。もうじき自分達は人間ではなくなり、ただただ人を襲う為だけに永遠に徘徊する。いまさら気持ちなどどうでもよかった。

突き放さない彼女もきっと同じ事を思っているのだろう。これがきっと人のぬくもりを感じられる最後だから。




「私が先にゾンビになったら逃げてくださいね。」
「アホ、なった瞬間撃ち殺したるわ。逃げたかていずれどっかで鉢合うんやから。」
「撃ち殺すって…物騒。」
「なにをいまさら!ドスで切られるよりズドンと一発の方が苦しまんですむやろが。ジブンの事思てゆうてるんやで。」
「そう…、じゃあそれでお願いします。」
「まかしとき!ゾンビの記憶全く残らん速さで仕留めたる!」



彼女は眉間に銃口を当てて構える真島に微笑んだ。

こんな狂った世界で死へのカウントダウンを感じながらも笑えたのは真島と出会えたから。
相手は一人しかいないという選択肢のない状況で出会って数時間。たった数時間で恋に落ちるなんていつもならありえない。だけどそんな葛藤をしている時間すら自分には残されていない。だったら今の気持ちを受け入れたい。
【吊り橋効果】そうわかっているけれど、今感じている胸のときめきを忘れずにいたい。
醜い姿になる前に愛する人の手で葬ってもらった…そう思って死んでもいいじゃない。



「せやけどワシが先にゾンビになってしもた時は……全力で逃げ。」
「どうして?私が殺す。」



彼女の台詞を聞いて真島は大きく笑い声を上げた。



「ウヒャヒャヒャヒャ!ワシがジブンにタマとられる訳ないやろが!ワシにはチャ〜ンと殺しにくるやつがおるんや。」
「殺しに来る?」
「せや。桐生チャンゆうてな、ワシの永遠のライバルや!そいつが必ず乗り込んでくる。桐生チャン以外にワシを殺れる奴はおらん。」




彼女はほんの少し胸の奥がチリリとした。



その痛みはまだ自分が人である証拠。
目の奥がぐっと熱いのは涙をこらえているから。

自分が息の根を止める事ができないと言われただけで泣きそうになるなんて、じわじわと感情が壊れ始めているのかもしれない。こんなことで傷つく女じゃなかったはずなのに。
初めから目が赤くてよかった。



「じゃあその桐生さんを呼びにいきますね。」



彼女は鏡の破片と共に泣きそうな気持ちを投げ捨てた。




今度はお互いが同じタイミングで唇を合わす。
唇の隙間から蛇のように侵入してきた真島の舌は遠慮という言葉を知らず、息もできないほどに彼女の舌を絡めて離さない。



「なんならキスより先までしてまおか?あいつらに見られてよけいに興奮するんちゃうか。」


口の端から零れた二人の混ざり合った唾液の雫。それを手の甲で拭いながら真島は言う。



「せっかくですけどこんな状況下で性欲なんてわかない。」



ちぇ〜っ、と言わんばかりに唇を尖らせた真島は、再び迫ってきた奴らに気付き左手で彼女を素早く抱き寄せるとショットガンを構えた。










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