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□恋する狂犬U-5
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小さい小さいと思っていたハルも、気がつけば夏服のセーラー服に身を包みニイチャンとは呼ばず龍司くんと呼ぶようになっていた。



「あ、おいハル!!」


涼しげな風を受けながら自転車をこぐ彼女が龍司の目の前を横切る。声をかけて止まった
ハルを、龍司の隣にいる女がじろりと見た。



「お前今年で中学卒業やろ?高校どこ行くか決めたんか?」
「……まだ…。」
「そうか。もし私立とか行きたいんやったら金の事なんかきにせんでええからな。」



わしは父親か。
そう龍司はたった今吐いた言葉に心の中でつっこみを入れる。兄としているはずなのにどうしても最近父親のような台詞しか浮かばない。けれどあの日自分が連れてきたハルだ、やりたいことはすべて叶えてやりたい。



「…お父さんみたい…。」
「やかましいわっ!それより今晩うちくるか?」
「ええ〜〜っ?!私今日龍司くんとこ泊まるつもりで来たのにぃ!!ってゆうか誰なんこの子。」
「妹や。な、ハルどうや?こいつもおるけどかまへんやろ。明日休みやしドライブ連れてったるわ。」


ふ〜ん、妹ねぇ…、と頭の先からつま先までじっとりと女の刺すような視線がハルに向けられる。同性だからわかる敵意むき出しの視線。
兄妹という割には全く似ていない2人。二十歳を越えている龍司の溺愛ぶり。恋人という立場なら不審に思っても仕方ないだろう。
正直ハルもうんざりしていた。龍司といたい事にかわりはないがこうして毎回隣にいる女に睨まれ、酷い時は呼び出されたりしている事を龍司は知らない。



「…行かへん。彼女と二人でいたら?」
「? なんやお前すねてんのか?」



ハルは龍司の呼びかけに答えずペダルに乗せた足に力を込め二人の前から走り去った。


「よかったぁ、あの子おったらエッチできへんやん。」


外にいるにもかかわらず大きく露出した胸を彼のたくましい腕におしつけながら女はニヤリとする。


「お前中毒か?毎回毎回疲れるわ。…せやけどあいつ最近ずっとあんな調子や、ちっさい時もあんな時あったけど。」
「大事なおにいちゃん盗られたってなってるんやろ。彼氏でもできたら治るわ。それよりはよ家いこっ。」





ハルの中で龍司が一番
龍司の中でハルが一番

そんな約束など口先だけのものだと自分自身でわかっている。けれどどうしてもそれが受け入れられない。龍司の家族の中では自分は一番だ、恋人は別格、そう何度も自分に言い聞かせてもハルの中ではすべて龍司が一番を占めていてどうしようもない。
兄と呼ぶことによって余計に彼の隣にいる人達との距離が空いていくようで自分も名前で呼ぶようになった。

自分も恋をすればなにか変わるのだろうか。
そう思い学校中を探したけれど誰ひとり龍司に勝る者などいない。

本気で好きになってしまう前に距離をとったほうがいいのではないか

大事な兄だ、ぎくしゃくした関係にはなりたくない。



布団を頭まですっぽりかぶり、携帯の液晶画面を見ながらどう龍司に伝えようか悩んでいると突然手のひらの携帯が振動し着信音が鳴った。慌てて名前を見ずに通話ボタンを押してしまったハルの耳に届いたのは、悩みの張本人である龍司の低い声だった。



「…おう、わしや。寝てたんか?」

「……ううん、起きてたけど…。」

「おばはんにバレんようこっそり出てこいや、下で待っとるから。」






渋々簡単に着替えて言われた通り外へ出たハルが見たのは、彼の愛車である地面を這うような車ではなく見た事のないバイクだった。

ハルが出てきた事に気付きピンッっと煙草を排水溝へはじいた龍司は、手に持っていた橙色のヘルメットを彼女の頭にかぶせた。



「…彼女は……?今日泊まるんじゃ…」
「もうとっくに帰したわ。」
「いつもの車は…?このバイクどうしたん…?」
「ええから乗れ。しっかりつかまっとくんやで。」


カチッとハルの顎紐を止めてやると自らもヘルメットを被りバイクに跨る。そろそろと遠慮がちに前に回される細い腕をグッ掴むと、「落ちんなや」と声をかけ一気にアクセルを廻した。






どのくらい走ったのだろう、会話をすることもなくひたすら走り続け龍司がやっとバイクのエンジンを切ったのは見覚えのある場所だった。


「ここ……」

「覚えてるか?ハルが置いてかれてたとこや。」




あの古びたアパートはもう取り壊されていて、何も建っていない更地には雑草がところどころ生えていた。



「ここに来るんやったらこんなに時間かからないはずよね…?」
「そうやな、まっすぐきたら数分やな。走らせたんはコイツの調子見たかったんや。」


ヘルメットのせいでぺしゃんこになった髪が気にくわないのか龍司は首を左右に振ってわざと髪を乱してから右手でざっくりかき上げる。


「メットなんか被るん初めてかもしらへんわ。」
「だったら車にしたらよかったやん。」


そのハルの台詞に彼は豪快にため息をついた。



「自分以外の人間が寝た布団は嫌やゆうてたんはどこのどいつやねん。せやからこうしてわざわざツレからバイク売ってもらってきたのに。」



ふてくされたハルの機嫌を取り戻す為買いに行った紺に星柄のシーツ。洗う度色褪せてしまったそれはハルが中学生に上がる時使命を果たしたのかハルの手によって捨てられ、代わりのシーツを選ぶ事もなく龍司の部屋の中に彼女の存在を色濃く移すものはなくなり、彼はほんの少し寂しさを味わった。



「それはちっちゃい頃の話でしょ?」
「アホ、わしの中では今でもちっさいわ。せやけどそんな自分専用のモンいらんかったんやったらわざわざ用意する必要なかったんやなぁ。」


いろんな女が乗った龍司の愛車。助手席はもちろんシートを倒して使うこともしばしば。そんな車で迎えに行ってもハルの機嫌が直る訳がない。
いろいろ考えた結果、これが一番効果的だと思い急きょ手に入れたハル専用の単車。



「…正直に言い。お前妬いてんのやろ。」

「……だって………私は龍司くんだけなのに…」

「ドアホ。わしかてお前だけやで?大事な大事な妹や。他の誰とおろうとお前になんかあったらすぐ駆けつけたる。」



それじゃあ嫌なの

小さく龍司の耳に届かないくらいの声で囁いたハルは目の前にある大きな広い背中にこつんと額を当てた。






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