main-連載


□恋する狂犬U4
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あの真島吾朗が東城会を抜けた


それは瞬く間にのほほんとい暮らす一般人の耳にも届くほど広まった。おかげで東城会はガタガタ、それでも柏木は風間や嶋野が支えてきたこの組織を守ろうと寺田の下で風間組の二代目として極道の道を突き進んでいた。


いるとうっとおしいがいないとなんだかハリがない。


あんなに楽しそうに血しぶきを浴びて極道が天職だと言っていた真島がカタギになるなど彼自身も思いもよらないことだった。おかげで元真島組の連中を数名、面倒をみることになってしまったがまぁ良い用心棒になるだろう。あいつに躾られてきたんだ、腕っ節だけは頼りになるだろう。







「もうこんな時間か…メシでも行くか。」

ミレニアムタワーの高層階、そこに新たに構えた風間組。先代の親父が使っていたデスクをそのまま引き継いだ柏木は、びっしりと文字の書かれた書類を裏返すと両腕を天に向かって伸ばした…が即座に降ろし素早く引き出しから銃を取り出し構える。


「んも〜せっかく誘いに来たのにそれはないやろ〜。」
「ならなぜ声をかけない?ノックのひとつもないし殺されて当然だ。」



物音ひとつたてずに組長室に侵入してきた真島はヘラリと笑みを浮かべる。


「サプライズやサプライズ!そろそろカッシーも寂しなっとる頃ちゃうかなぁ思って。」
「寂しい?ふん。そんなことあるわけないだろう。それにこういうサプライズは女にやれ。」

「オンナはもうこりごりや。なあメシ行こや。」



ほんの少し開いた間。長年嫌々ながらも共に生きてきた柏木だからこそわかる真島が動揺した時の微かな間。
これでも当初に比べたらかなり短くなったものだ。一時期は少しでも傷を弄れば飛びかかってきそうなオーラを放ち睨みつけていたというのに。



「韓来でいいか?」
「え〜また冷麺っ!?ジブン生まれてくる国籍間違ったんとちゃう?メシ行こゆうたら冷麺冷麺て……。」



そうぼやきながらも先の尖ったつま先は素直に韓来を目指し一歩また一歩と進んでいく。


柄にもなく女に入れ込み、絡まって修復不可能になって終幕を迎えた真島の始めてだったであろう恋愛。
不運にも親の死も重なってしまいボロボロになった彼は荒れに荒れた。食事もろくに採らず今まで以上に暴れる彼を止めることができる人間などおらず、皆ただただ嵐が過ぎるのを待つような日々だった。

無差別にドスを振りまわすこともなく食事もするようになったきた今、やはり真島も人の子、現実を受け入れ始めたのだろう、死んだような目にほんの少し色が戻ったようにも見える。
けれど彼の歩く後ろ姿はどことなく寂しげで、時折立ち止まっては辺りを見回したりする。きっとそれは無意識に姿を消した彼女を探しているのだろう。確認した後の微かな溜息がなんとも切ない。

韓来の自動ドア、その前で必ず立ち止まるのはあの彼女と度々足を運んだから。もしかしたら何事も無かったかのような顔をして席に座っているかもしれない、そう思えて深呼吸をする。当然いるはずもない。

まあ彼女が消えてからそう長い月日が経ったわけではないのだから仕方がない事かもしれないが、まさかこれが永遠に続くとなるとさすがの柏木も目も当てられない。




「なあカッシー、ワシやめるわ。」
「何を?」
「極道モン。」



思わず葉野菜を掴もうと伸ばした手を止めてしまった。


「アイツ…寺田の下は飽きた。な〜んも楽しない。」
「…飽きたとかそういう表現はおかしくないか?正直に言え、嫌なんだろう?五代目のやり方が。」



ようわかってるやん。そう真島は返事をしてビールを飲み干した。



「真島組の二代目は誰にするんだ?」
「組も割る。真島組はワシの代でしまいでエエ。」



こいつは自分の組に執着がないのか。
散々ひどい躾に耐えながらも真島の後ろをついてきた組員達のことを考えたりしないのか。

そもそも組を割ってからこいつは何をして生きていくつもりなのだ。普通に務めることなどできやしないだろうしまさかふらふらと神室町を徘徊しその日暮らしをする気なのか。

キメの細かい泡を乗せた新しいジョッキを傾け、味わう事もなくただ喉に流し込んでいく真島。浮き出た喉仏がごくりごくりと動くのを止めたのはストレートすぎる柏木の質問だった。



「…あの子を探しにいくつもりか?」



ひさしぶりにギロリと右目が動く。濁ったその目はあの日以降の不摂生のせいか、それともこいつの世界から光が消えたからか。



「…だったらなんやねん…」
「お前もしつこい男だな。彼女とお前は縁がなかった、そもそも住む世界が違っただろう。」


殴りかかってくるか…?
もしもの時に備え神経を張り詰めた柏木だったが数秒のにらみ合いの後発した真島の台詞は珍しい言葉。




「……嘘や。」

「え?」
「やから探しに行くなんか嘘やゆうてんねん。探して見つけたところでどないすんねん、向こうはワシの事恨んでるやろうし…」



そもそもワシももうなんとも思ってへんからな



真島は自分に言い聞かすような小さな声で呟いた。











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