main-連載
□恋する狂犬9
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「ゆうきちゃんどうかした??」
突如視界に男性の顔が現れ私は我にかえった。
「あ、すいませんぼんやりしちゃって。」
「向こうから手振ってたのに全く気付いてなかったから。」
<ゆうき>は私のキャバクラでの呼び名。
初めての夜の世界でなんにもわからない無知な私を、なぜか初日からずっと指名してくれているこの社長さんの同伴の誘いを断れなくて、私は天下一通りの入口で待っていた。
同伴といっても神室町から離れた町で食事をするものだと思っていたのに、社長さんから指定されたのはまさかの神室町。
さすがにいつもの私服で行くわけにもいかず、この時間なら出勤や同伴でドレス姿で闊歩している人もいることも知っていたので、私はカムフラージュの意味も込めてドレスを着て行った。
「ここでいいかな?けっこう有名なんだよこの店。」
他愛ない話をしながら辿り着いたのは真島さんと何度か訪れた<韓来>。
もしも真島さんがいたらどうしよう…
別に悪いことをしているわけではないが水商売の事を話してないのが後ろめたい。
私は自動ドアの前に立った社長さんの影に隠れて入店した。
「やっぱ今日具合悪いの?」
お箸を行儀悪くくわえたままぼんやりしてた私は慌てて網に乗っている肉を取った。
「す、すいません。昨日飲みすぎちゃって。」
珍しいねキミが飲むなんて、と社長はキムチをつまみながらビールを飲む。
店では飲めないと言ってソフトドリンクを飲んでいる私がお酒を飲むことに興味をもった彼が、なにかアルコールを頼むようにメニューを拡げてくれたが、正直二日酔いで飲むのはおろか、焼肉もキツい。
「すいません。せっかくなんですけど二日酔いで…。」
「あ、じゃあもっとあっさりめの方がよかったよね?悪い!」
「あっいえ!けどお肉は大好きなんで大丈夫です!」
そう言っていい感じに焼けているカルビを頬張った。
溢れ出る肉汁が私の荒れた胃に攻撃をする。
がんばれ私の胃っ!!!
肉汁vs胃は今だ冷戦を続けており、いつ負けて胃の中身が込み上げてくるかわからない状態のまま韓来を後にした私達は、ル・マルシェに向かい歩き出した。
七福通りを右に曲がれば真島さんがよく占拠しているバッティングセンター。
ちょうどその向かい側に佇むラブホテル、そこで今朝私は目覚めた。
耳障りな携帯のアラームが鳴り、夢から引き戻された私は手探りでそれを探す。
いつもなら左右に手を伸ばすだけで手に届くはずなのにいくら伸ばしても肌触りの良いシーツの質感しか得られない。
渋々薄目を開けた私が見覚えのない部屋に気付くまで、そう時間はかからなかった。
寝坊をしてしまった時のように勢いよく飛び起きると酷い頭痛と吐き気に襲われた。
思わず頭を抱え込んだ私の目に写るのは自分の素肌。
─え…ちょっと待って……─
恐る恐る布団を捲って確認したら、予想通り下着もなにも身に付けてない。
─ええと、昨日は先輩とその他数名と食事に行って、それから…
…それから………えー………
はいゴメンナサイ。
自分自身に落胆した。
まぁ今まで数回は酔った勢いで…的な夜を過ごしたことがあるのは認める。けどちゃんと相手の事は覚えてたはず…。
なのに今回だけは本当に綺麗サッパリ記憶がない。
とりあえずベッドはすでにもぬけの殻。
私はベッド脇に落ちていたバスタオルを体に巻き付けると痛む頭を抱えながらバスルームへ向かった。
バスルームはまだ少し生温く湿度が残っていてシャワーを浴びた痕跡はあるが、肝心のいたした相手の姿はみあたらない。すでに先にここを出たのだろう。
備え付けの備品から緑茶を選びティーバッグをカップに入れてお湯を注ぐ。
こういう不測の事態でテンパってる時には日本人なら日本茶が落ち着く…ような気がして、私はそれを手にソファーに腰を降ろした。
目の前の大理石のテーブル、その上に置かれた白い小さな灰皿に煙草の吸い殻がひとつ。
昨日の男性陣の喫煙者って誰だったっけ?と思い返すがちっとも浮かび上がってこない。名前なんてなおさらだ。
先輩に聞くしかないか。
けど絶対「なんで?」って聞かれるだろうしなぁ。
前、真島さんにしちゃったみたいな恥ずかしい失態をさらしてなきゃいいんだけど。
カップをテーブルに置こうと前のめりになると、ふとテーブルの脇に紙袋が置いてあることに気づいた。
もしかして不明の相手の忘れ物かと開けるのをためらったが、中身を確認しなければフロントも預かってはくれないだろう。
爪先を器用に使ってシールを剥がし中身をひっぱりだすと、それは黒の少し露出度の高いワンピースだった。
「えぇっ!?これ誰にっ?もしかして私??!」
夜のお客さんならともかく、プライベートで知り合った私にこれを着せようだなんてバツゲーム?
ある意味悪趣味だ。
「そういえば私の服…どこだろ?」
その悪趣味なワンピースを見て自分の服のことを思い出した私は、ベッドの下や布団の中、クローゼットにバスルームまでくまなくチェックしたが見つからなかった。
強制的にコレを着ろ、ということだろう。
けれどこんな朝っぱらから二日酔いのどんよりした顔でコレを着るなんて全く気が進まないので、私は最後の砦、"ゴミ箱"を漁る決意をした。
部屋の隅に存在を消すかのようにひっそりと置かれたゴミ箱。
プラスチックのそれにはビニール袋が被せてあったみたいだが、部屋にいた相手はご丁寧にゴミを捨ててからそのビニールの口を縛って行ったようで、黒い袋の中身は全く外からは見えない。
ホラー映画ではこういう場合生首が入っているケースが多い。
ふとそれを頭に過らせながらも私は袋の結び目を外すと右手を潔く突っ込んだ。
─柔らかい布に触れたら服だから─
なんてその時はなんの迷いもなく突っ込んだが、落ち着いて考えてみれば、中身がもし生首だったらもれなくそれをなでまわすことになるところだった。
「あった!!!」
手のひらにシフォンの柔らかさを感じ、それを掴むと一気に袋から引きずりだした。
それは間違いなく私が着ていたベージュのワンピースだった……………血がついているのを除いては。
「なんで…なんで血が…?」
慌てて体をくまなくチェックするがどこにもそんな血が出たような傷跡はない。しいていえばキスマークらしき痣が数個あるだけ。
さらに袋に手を突っ込めば同じように血の滲んだ下着が出てきた。
自分が無傷だということは相手が傷を負っていたということ。
一緒にいた相手が何者かに襲われ、私を守った時についた血とか…?
だとしたら私と寝た人って………
気が付けば私は携帯を握り締めていた。
着信履歴の中から真島さんを探す。
通話ボタンを押す寸前で私は携帯を慌てて閉じた。
今すぐ真島さんに会いたい
会って助けてほしい
けど今の状況をなんて伝える?
酔っぱらって目が覚めたらホテルにいました、なんて言えるわけない。
あげく服が血塗れでどうしようなんて。
それでなくても昨日真島さんを怒らせているのに、こんなこと知れたら絶対嫌われる。
溢れそうな涙を私は手の甲でぐしっと拭うと、血のついた服をビニール袋へ戻した。
元通りに口をきつく縛ると下着を身に付けずに置いてあった黒のワンピースに身を包む。
コートもなく一枚で歩いて帰るには目立つしなにより寒い。
渋々私はフロントに電話をすると、タクシーを一台呼びつけてもらった。