main-連載


□恋する狂犬9
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瞼を閉じると血に染まったハルの姿が鮮明に蘇る。


ハルに魅せられていたのか、それとも血に魅せられていたのか。

あるいは結び付くはずのないハルというまっさらなものが汚れた赤に染まっているという異様な姿に魅せられたのだろうか。






だとしたら、ワシはもう普通やない。異常者や。










昨夜、ワシは堪らずハルの喉の奥深くへと白濁した液を吐き出し、そのまま快楽の余韻に浸っていた。



ハルが嗚咽を漏らし、その声で我にかえったワシがすっかり萎えた分身を喉から引き抜くと、ハルの口元が唾液でぬらぬらといやらしく光っていた。




むせながら倒れ込んだハルはそのまま意識を手放した。



















「親父、ワシ狂っとる?」


「ハァ?今さら何ぬかしとんねんきしょくわるい!」




無用心にも事務所の窓を開け放ち厚い雲をぼんやりと見ている真島に違和感を感じるのは、いつもより少々血の臭いが濃く感じたからだろうか。


カチコミなど戦争が続くと事務所内はいつも血生臭さが充満する。
特に真島はそれが続くと風呂には入るもののいつものパイソン柄のジャケットやパンツはそのままのものを着る。
酷いほどに切り刻んで返り血を浴びる彼にとって着替えることは無駄な行為。どうせ汚れてしまうのだから。


だがさすがにそれが何日も続くと皆がどれだけサッパリと石鹸の匂いを纏っても真島がいるだけで血生臭い。




「血ぃ浴びすぎて根っこからイカれよったか。まぁええ、今回はこれで終いや、最後の仕事頼んだで。」


「血ィ見てたらな、なんや興奮すんねん。興奮しすぎて頭おかしなるねん。親父もそんなんある?」



気味の悪いことを問いかけてくる真島の背後から思いきり拳骨を落とす。

柄にもなく悩んでるような素振りの真島を見ていると思わずハルと何かあったのかと聞きそうになるが、それが嶋野には過保護なように思えて胸の奥へしまいこむ。




「オセンチなってんとはよチャッチャと行かんかいっ!!」



了解や〜、と頭を擦りながらいつもと変わらぬトーンで返事をした真島は組を出て車に乗り込んだ。




何日も殺しに明け暮れシャワーの如く血を浴びて、興奮して眠ることができない彼の右目は、まるで薬漬けの人間のようだがどこかギラついている。

そんな真島に話しかける命知らずな組員など1人もおらず、車内の空気ははりつめていた。



いくら脳が興奮状態を保っていてもさすがに体が睡眠を求め訴えているのだろう、真島は大きなあくびをしながら携帯電話をひらく。



─なんの連絡もないっちゅ〜ことは憶えてへん、もしくは怒っとるかのどっちかってとこか。
この時間ならもう店出とるやろ。─




「なぁ、ハルの店の前通ってんか〜。」

「はっはい!」




店に行ったからといって顔を出すつもりもないし、まずあんな酷い真似をしたあとで易々とかける言葉もみつからない。



─憶えてないならそれでよし、怒ってるんならそれはそれでええ。

どちらにせよ、このままフェードアウトするには都合がええ。─





彼女がきちんと出勤しているか、ただそれだけを確認するために真島を乗せた車はハルのブティックを目指して加速する。























「…………どうゆうコトやねん……。」




目の前には一階にハルの働くブティックが入っているビル。
だがそれは白い壁で囲われていて、どうみても営業している気配はない。

この店舗の入れ替えが激しい神室町では、昨日まで営業していた店が突如閉店していたりビルがなくなっていたりはザラにあり特に驚くこともないのだが、まさか我が身にふりかかろうとは思ってもみなかった。




「親父っ、どうやらビルごと建て替えるみたいでハルさんとこの店も撤退したみたいです!」

囲いの中にいた作業員から情報を得た組員が早口で真島に伝える。
どうやらこの工事はきちんと計画されていたようで昨日今日突然というわけではないらしい。






「アイツ…ワシに仕事やて嘘ついとったんか…。」





思い返せばこの数日、ハルは研修だの有給休暇だのといい妙な時間に電話を受けたり町にいたりした。

なら仕事がなくなった今、ハルはなにをしているのだろう。
新しい職は見つかったのか、まさか変な仕事に手を出してはいないだろうか。



ただどうしても自分に嘘をついていたことが気に入らない。


何故嘘をつく必要があるのか



実はハルのほうも仕事がなくなったのを期に自分から離れようとしていたのではないだろうか。





「すんません、親父そろそろ…」


油断して緩みきっている組の不意をつくカチコミはほんの少しの時間の差で失敗する。


真島はビルに背を向けると車に戻っていった。




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