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□恋する狂犬9
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逃げ去るように車の音が遠ざかって行く。
ハルを抱いた真島はバッティングセンターにある物置小屋へと足を進めていた。
「親父!ここにどうぞ!」
埃っぽい小屋の中を急ピッチでかたずけた組員達が、ハルを寝かせる為に空けたスペースに自らのジャケットやジャンパーを敷き詰めていた。
「なんやオマエらのきったない服の上に寝かす気ぃかいな?」
「スンマセン、代わりになるもんがないんです。ですけど埃っぽいところに直に座るよりはマシだと思ったんで!」
真島は足下に視線を落とした。
確かに何年も掃かれていない床は砂や埃がたまっていて、直に座るとたちまち汚れてしまうだろう。
「まあ、ええか。」
敷き詰められた服の上にハルを座らせ体を引き離す。
「あ、しもた!!」
うっかりハルの着ていたベージュのワンピースに、真島の体に付着していた血液が所々染み付いてしまっていた。
さすがにその汚れた服で家に帰すわけにもいかない。
真島は組員達に替えの服を買って来るよう命令した。
気をきかせた残りの組員も、2人を残して小屋から離れる。
「ハル、えらいベロンベロンみたいやけどどんだけ飲んだんや?」
「……知らない。」
「知らんとちゃうやろわからんのやろが!そない目ぇ座るまで飲みよって!」
「たまには私だって飲みたくな………へっくしゅん!!」
ずびっと鼻をすすりながらハルは寒そうに両腕を擦る。そういえばコートはどうしたのだろう、まぁ聞いたところで覚えちゃいないだろうが。
真島はパイソン柄のジャケットを脱ぎハルに渡そうとしたところで一瞬躊躇した。
返り血をたっぷり吸ったこのジャケット、自分は血の臭いなど興奮する要因で何も気にならないが、ハル達堅気の人間にとっては耐え難いものかもしれない。
一度小屋の中を見渡したが毛布らしきものなどなく、しいていえばハルの下に敷いてある組員の服くらいだがそれも血液が付着しているあげく埃もついている。
(まだこっちのがマシか、酔うて臭いわからんかもしらんしな。)
「ほれ、これ着とき!ちょっと濡れとるけどな。」
受け取ったハルはしばらくそれを見つめていたがやがて袖を通すと嬉しそうに「あったかい!」と言った。
「うふふふふ…」
「?なんや?なんか可笑しいんか?」
「先輩がね、"真島さんはバンドマンなのよー"って…ふふふふ…」
バンドマン?
聞くと服装から勝手に設定されたらしい。なぜそんな嘘をついたのかは理由を聞かなくても予想できる。
改めて堅気から見る自分達裏社会で生きる人間というものを知らされた気がして、ふいに真島は薄笑いを浮かべた。
自分は出来るなら一生関わりたくはない
そう思われている人間なのだ。
「あ!!!」
くすくす笑っていたハルが突然声をあげた。笑顔がスッと消え、代わりに真島に向けたのは拗ねたような怒った顔。
「私、真島さんに文句言いに来たんだった!」
「ハァ?文句??なんやゆうてみぃ。耳かっぽじって聞いたるわ!」
真島はハルの目線とあわすようにしゃがみこんだ。
「真島さんはズルイっ!!」
「へ?」
「あんなに私のこと好きだ惚れただ言っといて!!そりゃあ最初は困りましたよ!苦手だったし…。けどあれだけ言い寄られたらさすがに私だっておちる!」
「!!」
本来なら今ごろ間髪入れずにハルを引き寄せて思いきり抱き締めていただろう。今だってそうしたい気持ちは充分過ぎるほどにある。
ただ、ここでそうしてしまうと、今度は振り出しに戻るだけでは済まされない。
真島は己の拳を強く握った。
「なのに…なのに真島さんは私の気持ちに気づいてからなにも……」
「なにも?」
「好きだとか言ってくれなくなった!!!なんですかこれは俗に言う"釣ったサカナに餌やらない"ってやつですか?!口説かれて堕ちた身にもなってください!思い上がってたみたいでバカみたいじゃないですか恥ずかしい!!」
そんなことあらへん、ワシは今もちゃんと好きや
胸の内だけで真島は何度も繰り返すがそれがハルに伝わることなど有り得ず、黙っているその姿がさらにハルをやきもきさせる。
「キスしちゃったおかげでさらに頭のなかが真島さんだらけになっちゃうし!でも付き合おうとか言ってくれないし!!」
「ハルっ…」
堪らず思いの丈をぶちまけそうになった真島を遮るように言ったハルの一言に彼はなにも言えなくなった。
「私、別に付き合わなくてもいいし!」
それを聞いて真島の中でなにかが萎えた。
その一言でハルの自分に対する想いはそんなものだったのかとやり場のない気持ちに支配される。
ハルが自分と同じくらい好意を寄せていると感じたのは勝手な自分の思い込みで、よくよく振り返ればハルから気持ちを伝えられたこともないし、キスを受け入れてくれただけで都合のいいように決めつけていた。
全ては自分の勘違いだったのかもしれない。
だが、これで潔くハルとの関係に終止符を打つことができる。
真島が絶対に必要ではないハルを無理矢理傍に置いたあげく極道としての腕が鈍るなどどこを取っても長所などみつからない。
真島は立ち上がると、渡したばかりのジャケットを脱がせハルに背中を向けた。
背中に背負った般若を始めて知り、それに睨み付けられたハルが小さく息をのむ気配がした。
「ああ、知らんかったんやな。……みてのとおりワシは身も心も極道モンや。こんな人間と一緒におってもええことなんぞいっこもあらへんもんなぁ。」
決して消えることのない体に入れたこの刺青は、己が極道という世界で生きていくという決意とけじめ。
この姿を見てワシを嫌いになればええ
嫌われてるのに追っかけるような恥ずかしい真似ワシはできん。