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□恋する狂犬7
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淡い期待を抱いて真島はハルの顔を見つめる。







目覚めるどころかピクリとも動かないその姿をしばらく観察していたが、残念ながらハルは眠り続けたままだった。




「…ほらな。キスで目覚めるなんぞありえへんねん。」




諦めと苛立ちが入り交じった声でそう吐き捨てると、真島は窓の外を観た。

景色はどんどんハルの家へと近づいている。



「……それともあれか、ワシが王子さんとちゃうからか…。」



チッ、と湧き出た不満を舌打ちし、女々しい事を口にしてしまったと自分自身に苛立つ。
短くなったタバコの煙を目一杯吸い込むと灰皿にこれでもかと押し付けて揉み消した。












「……王子様…タバコの味が…」





!!!!!!!!





まさかのハルの声に驚いた真島が咳き込みながら振り返ると、顔を真っ赤にしながらも笑いをこらえるハルと目が合った。


「おおおおおお起きてたん!?」

「…起きました。王子様。」



執拗に"王子様"と言われ、ハルが眠っていると思って口走った台詞が聞かれていた事に気付いた真島に一気に汗があふれだす。



あんなキザッたらしいセリフや女々しい独り言聞かれてたなんて、ワシ人生最大の恥や!イヤーッ!!!!


自分でもわかるくらいに赤くなった顔を両腕で頭ごと抱え、「ひどいっ!」とポカポカ叩いてくるハルの手をガードしながら、なんとかあのハズカシイ台詞の言い訳を考える。



「ち、ちゃうねんハル、あれはやな…」

「バカッ!無断でキスするなんて最低っ!!」

「それはワシが悪かった!そやけどあの台詞はやなぁ…」

「言い訳無用っ!王子様っ!」

「ヒイッ!それはゆわんといてっ!!」


「真島さんなんて全然王子様じゃないしっ!どうみても悪役だしっ!!」

「せっ……せやからちぃとばかし観たビデオの真似しただけやん!ワシかて王子っちゅ〜柄やないのやかっとるし!」

「口付けとかキャラじゃないしタバコくさいしっ!!けどっ……」




一定のリズムで真島に降っていたハルの手が弱々しくなった。



その手がいつの間にか頭を抱えていた手に添えられていることに気付いた真島が顔を上げた。









「…ハル?」





「けどっ…もしかしたらほんとは王子様かもしれないからっ……だからっ……」






真島の視線から逃れるように顔を背けながらぽつりぽつりと言葉を漏らす。










「だからっ……もう一回っ……」




潤んだ上目遣いで見つめられれば、その先の言葉を聞かなくても充分わかる。












「…目ぇ…閉じや。」







顔にかかった髪を避けてやりながらそう言うと、ハルは素直に目を閉じた。




革の手袋に包まれた指先でハルの顎に手を添えて少し上を向かせる。


こんなにロマンチックにキスをするなんて初めてだし、これから先もないだろう。








ゆっくりと真島は自分の顔を近づけると唇を合わせた。



柔らかな唇を感じながら、心からハルを好きだと気持ちを込める。

この気持ちにハルが答えてくれるように…














名残惜しむように長めのキスを終えた真島は、このあとのハルの反応に期待する。





ゆっくりと瞼が持ち上がり綺麗な2つの瞳が真島を捉える。

瞳に映る人物を認識し、先程まで触れていた柔らかい唇が言葉を発するためにゆっくりと動き出す。







「お………」





出た言葉は<お>

次に続くのは<うじさま>に違いない。


真島は思わずゴクリと喉を動かした。









「お……おっ………ぶっっ!!!!」


「おぶ??」



「やははははははははっ!!!」







真島吾朗、人生最初で最後のロマンチックなキスが、お姫様の笑いにより幕が下がる…








「ちょっ!!なんやねんハルっ!?ロマンチックが台無しやないか!」

「だって…ひひひっ……真島さんのカオッ…ぶっ!…笑い堪えすぎっ…ギャハハハハ!」



ハルが耐えきれず笑いだしたのもしかたない。真島本人は気づいてないようだが、自分の演技に無意識に体が拒絶反応して半笑いで鼻の穴が膨らんでいるのだから。




「ハ…ハハハ……だってワシ、ロマンチックに縁あらへんからもう痒うて痒うて。うひゃひゃひゃひゃ!!」



笑い転げるハルにつられてとうとう真島も豪快に笑い出してしまった。






そんな後部座席で爆笑の2人を尻目に1人必死に頬の内側を噛んで沸き上がる笑いを堪えている人物がいた。


運転手の西田である。



あんなロマンチックな親父、親父と違う!

そう忘れようと否定すればするほど込み上げる笑い。



ああ、笑いたい、あの2人のように腹が捩れるほど笑いたい。けれどそれをしてしまったら200%命はない。

強く噛みすぎたせいで口内に血の味が広がりだしたが、それでも西田は笑うのを耐え続けた。
まさに組員の鏡である。











2人の爆笑が少し落ち着き、それでも笑い声はするものの合間に妙な間が生まれだしたことに気がついた西田は、ルームミラーの角度を直すふりをして後部座席の様子を伺った。


それを見てなんだか自分まで暖かい楽しい気持ちになった西田は、ミラーを元の位置に戻すと目前に迫ったハルの家までの道を右へ左へ迂回し、遠回りに車を走らせた。













西田が見たもの、


そこには笑いの合間に何度も唇を合わす2人がいた。



下心も妖艶さもない、ただただキスを繰り返し楽しんでいる2人の姿が。




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