main-連載


□恋する狂犬7
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「あれ?真島さんさすがにもう帰ったんですかね?」



超特大のクマのぬいぐるみを抱えたハルは前が見えにくく、体全体を動かして辺りを見回したが真島の姿はどこにもなかった。

「そらこんな時間まで待っとったら狂犬やなくて忠犬やで。どうせ神室町で憂さ晴らしに暴れとるやろ。」


答えながら嶋野は組の者に迎えにくるよう電話をした。



「5分くらいで来るやて。そこのベンチにでも座ろや。わしもう足が棒やでー。」
「ねー。何歩くらい歩いたんだろ…あ、嶋野さんお手洗い行ってきていいですか?」
「おー行ってきぃ。そのクマ公持っといたるで。」


ハルはお手洗いまで駆け足で向かうと、なんの気なしに振り替えって嶋野を見た。


つるつるに剃られた頭にぴったりフィットしたねずみの耳を型どった帽子姿に隣には巨大なクマのぬいぐるみ


帰路につく人達が皆その姿を見ては微笑ましく笑顔を向けている。だれも彼が極道の組長だとは思わないだろう。


体を張って自分に付き合ってくれた嶋野を、ハルは記憶にもない父親に重ねた。




「おまたせしました!」
「ん。迎え来とるわ。行くか!」

クマを小脇に抱える。ハルが持つとあんなに大きいのに嶋野が持つと小さく見える。
ハルは自由になった両手で空いている嶋野の腕に絡み付いた。


「今度はもう1つのパークいきましょうね?」
「あほ。真島に連れてってもらえ。わしばっかやとアイツ、しまいにわしの寝首かきにきよるわ!」



腕を組んでいることには2人共何
の違和感も感じていない。

だってパーク内ではずっとそうだったのだから。







車の前でドアを開けて「お疲れさまです」と中腰で頭を下げる組員が一瞬目を大きく見開いた。

きっと2人の姿(主に親父)に驚いたのだろう。
















「お疲れさまです!」



組に戻ると次々に組員が頭を下げる。その後ろをぺこぺこ頭を下げながらハルはクマを抱いて着いていく。


勢い良く組長室のドアを開けると、目の前のソファーから革パンと鉄板があしらわれた靴がニュッとはみ出ていた。

付きっぱなしのテレビは、DVDでも観ていたのか、左上に小さく<ビデオ1>と表示されている。



「…コイツはなんで自分の組戻らんとここにおるんや!!」


ハルがクマの後ろからその足を確認できた時、嶋野の鉄拳は見事に寝転ぶ男の腹に落ちていた。


「ゴフゥッッ……!!!」





腹を抱え込んでドサリとソファーから落ちた男、真島。


彼は、かはっ…げぇほっ…、と嗚咽を漏らしながらもおかえりと言った。






やっと痛みが落ち着き、大きな欠伸をした真島の右目に嶋野とハルの姿が映る。


ねずみの耳を型どった帽子姿の嶋野
巨大なクマのぬいぐるみに隠れてしまっているハル



「…ふぅ〜ん。えらい楽しんできたみたいやなぁ〜。」


きっとまた笑い転げるに違いない。
そう思って拳骨を握りしめていた嶋野は、全く予想しなかった真島の台詞に拍子抜けし、奥の部屋へと入っていった。




「楽しかったかぁ〜?」
「はい…真島さんはあれからどうしたんですか?」
















「またハルをおこらせてしもた。今度は何があかんかったんやろなぁ。」


怒らせてしまったのも困りものだが、なによりひっかかるのがある。

「あいつ…めちゃナチュラルに大阪弁しゃべりよったで〜。」


自分といる時間が長くて伝染ってしまった…に、しても撥音が親父と同じで完璧だった。作り物の自分の関西弁とは違う。

そういえばハルの生い立ちなんて聞いたことがない。かろうじて知ってる事といえば兄貴がいるということくらいか。


真島は、走ってゲートをくぐってしまったハルを見えなくなるまで立ち尽くしていた。
すると背後から男の声が聞こえた。


「ちっ、邪魔なんだよオッサン!」

振り返って見てみると、そこにはかろうじて神室町にいそうなヤンチャ盛りの若者がいた。


「…ほぅ…ユメノクニでもこんなアホがおるんやなぁ〜!」
「ハァッ?何言ってんだよオッサン!しばくぞ!?」


威勢のいい若者は自ら殴られたいと志願してくる。
こんなへなちょこなやつでもちょっとはスッキリするかなと真島はトイレの中へ引きずりこんだ。



「手応えないにも程があるで。あんなんド素人やないか!」


スッキリどころか逆にストレスが溜まった真島は、ベンチに腰かけるとタバコを加えた。


「あ、火ぃあらへん…」

ポケットをゴソゴソしていると、「ここは喫煙場所じゃないわよ。」と声がした。


「あん??」
「タバコはね、もう少し向こうで吸えるわ。」


にこにこしながら真島に恐れることもなく注意するのは中年女性。その女性は洋服を着せたクマのぬいぐるみを2体大切そうに抱き締めていた。


「…なんやけったいなモン持っとるのう。年考えたほうがええんちゃうオバハン。」
「まぁっ!そういうアナタも悪趣味ね!浮きまくりじゃない!!」

ズバッと言い返しながら喫煙コーナーを指差して歩いて行くので仕方なく真島も後を着いていく。


ライターを借りて自分で火を付ける。女性は細いタバコを上品に加えるとゆっくりと煙を吐き出した。

「で、アナタ中には入らないの?」
「置いてかれたんや!絶対入れさせへん言われてな!」


"ついてくんなや!"と言ったハルの顔が浮かんだ。あれは相当頭にきてそうな表情だった。


「ふふっ。怒らせることでも言ったの?」
「知らんっ!ネズミん中に人入ってんのになにが楽し…「それよっ!!!!」」


真島の話の途中で遮るように指摘したその女性もハルと同様、怒りを覚えながらも自分自身を落ち着けるように深呼吸をしてから真島に言った。


「どうやらアナタはこの素晴らしい世界を理解できていないようね。いいわ、私がミッチリ教育してあげる。」



そう言った女性の顔にただならぬものを感じた真島は生唾をゴクリと飲み込んだ。




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