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□恋する狂犬8
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バタンッ、とドアを閉める音が鳴る。
後部座席側が先に閉められ、続いて運転席側のドア。
なので二度ほど音が聞こえるはずである。




運転席に少し体を屈めて体を入れた男はいつもと違うドアの重みを感じ、どこか故障でもしたのかと振り向いて言葉を失った。




「自分ら、うちの組になんか用か?」



がっちりと掴まれているドアは確実に閉めさせてはくれそうにない。

助けを求めようと後部座席に目をやるが、後ろの男も窓越しに顔を近付け覗き込むいかにもな柄の悪い奴等に竦み上がっていた。




「今さっき、真島ーって叫んだだろ?」

「いっいえ、叫んでなんか……」

「言っただろ?真島って。」


「ひっ!!はいいぃぃぃ!!!!」




脅すように車体を蹴られ彼等は驚きのあまり飛び上がる。



「で?うちの親父に何の用や?」

「おおおお親父?!いえ違います人違いです!」





一人の男が助手席を覗き込んで息を飲んだ。



「…え…なんで…!!?。ちょ、俺親父とこ行ってくる!!」



こんな状況下にもかかわらず助手席で眠りこけている女を見たその男は大慌てで店内に駆け込んで行った。












「おっ親父!!親父っ!!!」



一心不乱にバットを振る真島の背中に声をかける。聞こえないはずはないが反応を示さないので、男はなんらかの折檻を味わうこと覚悟でブースの扉を開けた。



「おお親父っ!大変ですっ!!」
「なんやねん西田ぁ〜!大変大変てオマエが今までそうゆうてホンマに大変やったことないやろが〜!大袈裟やねん!」

「いや、ちゃうんです!ホンマに大変です!!店の前に停まっとる車に乗ってる奴等が親父の名前言うもんやから囲んだんです。そしたら助手席にハルさんがっ!!!」



リズミカルに響いていた金属にボールが当たる高音が突如止まる。
その代わりに聞こえてくるのは、ボスッというボールがネットに受けとめられる音。







「………な〜んも大変ちゃうわ。アイツ今日コンパやゆうてたし。それにワシ別にハルとどうこうっちゅう仲ちゃうし。」




無意識に打つ手が止まっていた事に気づいた真島は、まるで何もなかったように再びバットを振り始める。


その姿は、駆け付けたい気持ちに負けて体が動きださないよう無理矢理にそこへ押し付けているようで、西田は2人に何かあったのかと勘ぐらずにはいられない。





「ハルさん、寝てるのか意識がないのか目を閉じたままで…って親父、手!血出てる!!」



真島の握るバットから伝った血がボールを捕える衝撃の度にぽたりとベースを汚していく。

体の至るところに返り血を浴びているが、明らかにその血は鮮血で真島の体から出ている以外考えられない。



「親父!もう打たんといて下さいっ!傷の手当てしないとっ…」



「……西田ぁ……、その話ホンマやろな…?」

「へ?」


真島はチッ、と舌打ちする。



「せやからハルの話や!さっきのアホみたいに見間違いちゃうやろな?」

「間違いありませんっ!自分ハルさんの顔しっかり覚えとります!」




アイツのことや、きっと酒も飲んどるしワシが出ていったところで憶えてへんはずや。
それに、さすがに拉致まがいなことされてるのにほっとくことはできん。



「西田、もしハルちゃうかったらそん時はキャンだけや済めへんで。」



ゴクリと一瞬西田に緊張の色が走ったが、間違いなくハルだと確信している彼はハイッ、と自信を持って返事をした。













「いや、だから本当に人違いなんです!僕らが言ってたのはバンドマンの真島って人で…。」



どれだけ説明をしても、金属バットを持った男達は車を取り囲んだまま許してくれそうにない。


ついに運転席から引き摺り出された男はいつ殴られるかもしれない恐怖に怯えている。



そんな緊迫した空気を変えたのは、カツンカツンと響く靴音だった。





「なんやワシに用があるんやてなぁ?」



その声はいつもの暢気な口調とは違う低くてどこか冷めきった声。


その声を聞いた途端取り囲んでいた男達に緊張が走り、引き摺り出された男がその空気を感じ取りその声の主へ視界を向ける。









長身






革のパンツ






素肌にジャケット








ハルの言う"ロックバンドマン 真島"と該当する。




ただ予想と違うのは、白の医療用とは違い丁寧にあつらえたであろう眼帯と、ジャケットからはみ出ている刺青。
ロッカーならタトゥーの1つや2つ入っていてもおかしくもなんともないが、彼の胸を彩るそれはまぁその筋の人間が選ぶことが多い曲線を描いていて、さらに恐怖を煽るように全身至るところに血液が付着している。





「なんや?ゆうてみぃ。」




一歩、また一歩と距離がつめられ、男は震える声で答える。




「ああああの、真島、さんという人を探してて…。」

「そうか。ワシが真島や、真島吾朗や。」



<真島>と言う苗字はこの日本中にたくさんいるだろう。そんな中、こんな恐ろしい人と人違いで関わることになるなんて。
と、男は神様を恨んだ。


果たしてこのヤクザの組長は自分の話を素直に信じてくれるだろうか。




「そそそそうなんですね。けど、僕らが探してる真島さんとは人違いのようで…。」

「ふう〜ん。ジブンら、どんな"真島"探してるん?」



そう言いながらカツンカツンと足音を響かせ真島は誰も座っていない運転席から助手席の女を確認する。


「ほんでワシ、この子知っとるんやけど。」

「えっっっっ!!!!」




人違い人違い、今度はこの組長さんが人違い…と胸の中で唱える。


「…この子が探してるっちゅ〜"真島"っての、ワシのことや思うんやけどなぁ?どや?」




絶対違う!!!!



そう強く言いたいところだが言えるはずもなく…。


なんと言おうか返答に困っている間にも、真島は助手席側に回り込みドアを開けていた。



「まぁもしこの子の言う"真島"がワシやなかったらその時はジブンらの代わりに責任もってちゃ〜んと探したるさかいっ…」

「ちょ、ちょっと待って下さいっ!!」



突如後部座席にいた涙目のもう1人の男が自らドアを開け真島を引き留めた。


「ぼ、僕らちゃんとハルを真島という人に送り届けるって誓ったんです!そんなにあなたがハルのいう真島さんだというなら何か証拠を見せて下さい!」




一瞬真島の顔が曇る。


それを見て組員の誰もが自らの身の安全を確保する為、車から離れた。




しかし、珍しくその予想はハズレ。

真島はコロリといつもの声色で男の背中をバシッと叩いた。



「なんやジブン!えらい真っ直ぐやなぁ気にいったわ〜!!もうちょっとガタイよけりゃ真島組にスカウトするんやけどなぁ!」


げらげらと笑う真島になにがなんだか着いていけないその男はとにかくなにか返事をしなくては、と思えば思うほど口が開かず、妙な薄ら笑いを浮かべてしまった。





「ほな、ニイチャンの為にワシが証拠みせたる。ハルは?酔うてんのかいな?」

「は、はい。そりゃあもうべろべろに…。」

「アホやなぁ〜。ほなワシが今から起こす。なんの抵抗もなく車から降りてきよったらワシが探してる"真島"っちゅ〜ことでエエな?」




真島は同意の返事も聞かずにハルに向かって声を張る。






「おいハルっ!そないなとこで寝たらアカン!!連れて帰ったるから降りてきい!」



「ん…んん〜…?」




あまりの声に迷惑そうに顔をしかめたハルはそのまま薄目を開けた。
やがてその虚ろな目が真島を見つけ、ピントが合い真島と認識する。



「あ〜真島さんだぁ〜!おはようございますう…ぅ…」

「あ〜こらアカン!起きろゆうてるやろ!ほれ、つかまり!」



ハルが真島を認めただけでも驚きなのに、さらにハルは伸ばされた手を何の抵抗もなく掴むとゆっくりと両足を車から降ろし、真島に向かって両手を広げた。





「…だっこ!」

「エェーーーーッ!!?!!」




驚愕の事実!!

ハルの言っていた"真島"とは、ロックでもなんでもない極道者(しかも組長)だったということについていけない偽兄貴2人は開いた口が塞がらない。





「…だっこやて。これでワシのことやって証明できたやろ?連れてってエエな?」

「…………。」



コクン、と2人が頷いたのを合図に真島は体を屈めた。



「あ、スマンけどこれ邪魔やから置いてくで。」



真島はハルに掛けられたジャケットを無造作に車内に放り投げると、軽々とハルを抱き抱えた。





「ほな、宅配ご苦労さん!」





そう言い残し、真島はハルと共にバッティングセンター内に戻っていった。




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