main-連載
□恋する狂犬8
4ページ/8ページ
ハルの言う通り今の関係が一番ええ。
すきなときに会えて、それでいて何の責任もあらへん。極道モンのワシにはうってつけや。
けど何かちゃう、そんなそこらのネエチャンの時みたいな簡単な扱いはしたないんや。
もっと大事に大事にしたいんや。
せやのにハルを想えば想うほど、ワシの中のなんかがなくなっていく気がしてどうしても一歩踏み出せんのや。
せっかくハルがワシの方向いてくれたのに…
最低やな、ワシ…
「おっと、いつのまに背中まわったんやオマエ。」
自分目掛けて向かってくるナイフを簡単に交わすと同時に長い足を蹴り出す。
まともに食らった男は運悪く割れたガラスの上に倒れ込んだ。
「うっ!ぐああっっ!」
「あ〜らら、それはワシのせいちゃうで〜!」
無数のガラス片が男の体に突き刺さり、真っ赤な血が床を染めていく。
助けてくれと命乞いをする男の前まで迫った真島はしゃがみ、手元に落ちていたガラス片を拾うと、ほなさいなら、とまるで果物を切るように男の首に滑らせた。
「親父っ、1人残らず完了です!次行きますか?」
「せやな。何人か残してここ片付けさせぇ。」
「はいっ」
本日何件目かのカチコミを終えた真島組は次の目的地へ向かうべく車に乗り込んだ。
後部座席に腰を降ろし舎弟が手早くつけた煙草の煙を肺いっぱいに吸い込むと、車内に置きっぱなしにしていた携帯が鳴った。
「誰や」
「……お前、登録しておけとあれほど言っただろう。」
開口一番真島に説教する人物は、顔の真ん中に一文字の傷を持つ風間組若頭、柏木修。
「なんや柏木クンか、何か用〜?」
「なにが何か用〜だ!今日は大切な書類を取りに来いと言っただろうが!!」
「あ〜〜、なんやゆうてたなぁ!すっかり忘れとったわ!」
「とにかく今どこにいるっ!!?」
そない怒らんでええやん、と柏木を宥めるとさらに口調がきつくなる。
超がつくほど真面目で風間に従順な柏木と、嶋野ですら手を焼く破天荒な狂犬真島。
親同士いがみ合ってるわりにお互いを認めているように、2人もそんな関係だ。
まぁ柏木が本気で真島を嫌っている気がしないこともないが…。
「今親父のアレでカチコミ中や。なんや最近忙しいで〜。」
「そっちもか。うちもこの頃慌ただしい。今も親父さん自ら出向いているからな。とにかく早急にサインがいる、来れるか?」
仕方なくUターンした車は風間組前に停まった。
組員達を置いて真島は1人でドアを開けた。
「へぇ〜、風間組もえらい不用心やなぁ。内勤のプロ柏木だけ残して皆出払ってしもたらカチコミされたらどないすんねん。」
「親父不在の中攻めてくる馬鹿などおらんだろう。それよりノックくらいしろ。」
「へいへい。あのハゲ親父とおんなじ事ゆわんといて〜!」
「常識だ常識。お前は闘い以外の一般常識が酷く乏しいな。」
がらんとした室内には柏木ただ1人。
ノックもしない来客に普通なら引き出しからハジキの1つでも出して構えるところだが、真島の目に映ったのは動じることなくデスクで事務作業をこなす柏木の姿だった。
「なぁ柏木クン、ワシやなかったらえらいことやで。」
「いらぬ心配だ。それにお前は下品な足音ですぐにわかる。」
んもぅ意地悪やなぁ、などと言いながら黒いソファーに真島は腰を降ろした。
デスクの引き出しから書類を取り出して真島に突きつけると、その中の空欄を指差して柏木は指示を出す。
「いいか、内容を良く読んでから異論がなければサインしろ。もう一度言うがちゃんと内容を読っ…」
念を押すように口うるさく言う柏木にハイハイと相槌をうちながら、真島は説明を聞き終える前に無駄に大きな字で<真島>と記入していた。
「重要な事だと言っただろう真島っ!どうすんだこんな簡単にサインしちまって!」
「ん〜?柏木がワシにサインせぇゆうんや。オマエがちゃ〜んと目ぇ通しとるから問題ないやろ。」
「………。」
はぁ、と溜め息をつき、でかでかとサインされた書類を手にとった柏木に、真島は特に声色も変えずにさらりと質問した。
「なあ柏木は女おるん?」
「は??」
「だ〜か〜ら〜、女や女!大事な女おるんかって聞いてんねん。」
突然のすっとんきょうな真島の質問に、元からおかしかった頭がさらに変になったのかと思わず真島をガン見した。
ソファーからズリ落ちるほど浅く腰かけている真島は別におちょくる様子もなく、むしろこんな質問をする自分を恥じているかのように目を合わそうとしない。
「…いようがいまいがお前に知らせる筋合いはねえ。」
少しの沈黙のあと言った柏木の言葉に、さよか、と簡単に諦めるところがまた怪しい。
「…子猫のことか?」
「……風間の叔父貴もおしゃべりさんやのう。」
先日親父さんが嶋野の叔父貴と百貨店に行って洋服を選んでいた。あの嶋野の叔父貴が普通の服を選ぶなんて親父さんの言ってた子猫と関係があるに違いない。
と、なると自然に真島がその子猫との距離を縮めているのが推測できる。
それでいてこの質問。
こいつが1人の女に入れ込むなんて空から槍では済まされない。
「真島、守るものができると………弱るぞ。」
「はあ?弱る?どうゆうこっちゃ?」
「命を惜しんでたらこの世界ではやっていけねえだろ。守るものがあったらどうなる?命が惜しくなるんだ。カチコミなんて生きるか死ぬかだ、組の為なんかに命張れなくなっちまう。結果、弱体化だ。」
真島はなにか思う節があるのか一瞬右目が揺れたが、すぐに柏木に視線を戻すと「そんなん弱い奴やからや」と吐き捨てた。
確かに東城会という大きな組織の中で武闘派のトップクラスの真島にしてみれば女が出来て仮に少々腕が鈍ったとしても全く問題ないだろう。血を見たり人を殺す時に何より楽しそうな顔をする狂気に満ちたこの男が、女の一声で殺しをやめるなどもありえない。
ただ
そんな男だからこそ………
「俺はどうなってもええからそいつは助けてくれや〜!ってか?」
洋画のワンシーンのようなセリフを言った真島がソファーに座り直すとテーブルに置かれた重いガラス製の灰皿で煙草をもみ消した。
「時として女は弱味になるからな。」
「弱味、ねぇ〜。」
立ち上がった真島が妙に落ち着きなく見えるのは柏木だけだろうか。
「堅気の女にいついなくなるかわからない男と一緒にいれるか、そして自分の死ぬ確率を上げてまで付き合う覚悟があるかどうか、だな。まぁ惚れた女の死亡率を上げるなんて俺なら御免だ。」
柏木の話を聞いているのかいないのか、真島は視線を合わすことなくドアに向かって足を進める。
「帰るわワシ。まだ仕事残ってんねん。」
そう言って自らドアを開けて出ていった。
組から出ていく真島の後ろ姿を見送りながら柏木は小声で呟いた。
「1人の女で悩んでる時点で弱ってるぞ真島…。」