main-連載
□恋する狂犬8
3ページ/8ページ
「ハルっ!」
真島が開けた穴の前で立ち尽くしていたハルに声をかけたのは菜摘。
「なんかちょうど店の前で真島さんを見かけたけどすごい機嫌悪そうだったよ?なんかあった…?」
「…真島さん、怒らせちゃったんです。」
菜摘はハルと同じ寮に住んでいた3つ年上の先輩で、店がなくなると知ってから血眼になって彼氏を探している。どうやらどうしても田舎には帰りたくないらしく、彼氏を見つけて相手の家に転がり込みそのまま結婚する予定らしい。
そんな菜摘は壁に開いた穴を見つけてあからさまに引いた顔を見せた。
「ハル…いくら仲よくても相手はヤクザなんだよ?気をつけないといつか殴られるよ!?」
「…殴られるのには慣れてます。」
菜摘はハルの元彼がDV男だったことを知っている数少ない1人だ。
古傷を開いてしまった気がして菜摘は慌てて謝った。
菜摘の恋愛成就の為に今日集まるのにこんな状態だといけないと気持ちを切り替えたハルは、一度だけ真島の開けた穴に触れると店を出た。
「いーい?なんとか今日はなんとしてもタカユキくんをお持ち帰りするから残りのザコは頼んだわよ?」
「あんまりがっつくと引かれますよ?菜摘さん。」
ウルサイ!、とデコピンを受けながらおしゃれなイタリアンの店に到着すると、すでに男性陣は揃っていた。
菜摘お気に入りのタカユキは二年前に独立した歯科医、あとの2人はタカユキの学生時代の先輩で同じように医者。
ハルには縁遠い相手だった。
年上ばかりだったせいか、いつのまにかハルは妹キャラに認定されタカユキ以外の2人に挟まれていた。
「なんだよ、お前らハルちゃん巡って争いごとはやめてくださいよ?」
その様子を見て茶々をいれるタカユキ。その隣にはお上品に微笑む恐ろしいほどおしとやかな菜摘。
「だってさー、俺妹ほしかったんだよ!いじりたくなるじゃんこの子!」
「ほ〜ら飲め飲め!ちゃんとおにいちゃん達が責任持って送ってあげるから!」
三十代の彼等にはハルは恋愛対象に入らず、ただただいじりたい愛でる対象となったらしい。
兄がいるハルにとってもその方が仲良くなりやすかった。コンパはカップルと3人の兄妹の飲み会と化した。
2人の難しい仕事の話をふんふんと聞きながら菜摘の様子を伺えば、とうとう賭けに出たのか菜摘がタカユキの耳元でなにか囁いていた。真っ赤になっているタカユキはきっとシャイな性格なんだろう。
「タカユキさんって菜摘さんの事どう思ってるのー?」
それとなく偽兄貴達にたずねてみる。
「ああ、気に行ってるみたいだけどちょっとアイツには高嶺の花らしいぜ!なんせ菜摘ちゃんはお嬢さんだからさ。」
へぇ〜、と返事をしつつ後でメールしてやろうと企むハル。
「ところでハルちゃんは彼氏いるの?」
偽兄貴はときに痛いところをつく。
我慢というぱんぱんに膨らんだ風船がその質問によってプツリと小さな穴があいた。
「……彼氏…じゃないけど好きな人はいる……。」
ぽつりぽつりと話す言葉を真剣に聞いていた偽兄貴達は、一通り聞き終えると口を揃えて言った。
「「なんだよソイツ!!!」」
口説かれた→好きになってきた→キスした→進展なし
必死になって口説き落としてキスまでしたなら普通は付き合うはずだ。むしろ、言葉はなくとも付き合っているはずだ。
「釣ったサカナに餌やらないタイプかよ!」
「いるもんな、口説いて落ちるまでが楽しいって奴。」
偽兄貴達が鼻息を荒くしているのを聞きながら、ハルのペースはどんどん上がっていく。
いつのまにか目の前には空になったグラスがいくつも並んでいた。
「……でもさ…。」
菜摘と話していたはずのタカユキが突然口を挟んだ。
「ハルちゃんから見て2人は相思相愛だと思うんだろ?だったら相手もそう思ってて、あえて言葉なんていらないと思ってるんじゃないかな?」
「うん。ハルと違って真島さんっていい歳じゃない。言葉にせんでもわかっとるやろ〜!って感じなんじゃないの?」
隣にいる菜摘がわざと真島の口調を真似る。
「えっ?タメとかじゃないの?いくつなのその人。」
「う〜ん、みなさんよりは上だと思う。」
「「「マジで!!!!!!」」」
菜摘の爆弾発言に、今度はタカユキを含む三名が声を揃えて驚いた。
「そんなに歳の差あるのに惚れるって凄くね?一体どんな人なんだよハルちゃん!」
アルコールが良い方向へ作用して楽しくなってきたハルの頭から、やっと真島に対する切ない気持ちが薄れた。
「私おトイレ〜!」
元気よく立ち上がろうとしたのに気持ちとは違い足がついてこない。
どうやらけっこう酔っているハルは陽気に偽兄貴に支えられながらトイレに向かったのだった。