main-連載
□恋する狂犬8
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「…親父、あれ…」
本日予定されていた仕事を終えた真島組は事務所に戻る為車を走らせていた。
後部座席に座る真島は、いつもならカチコミ後はハイテンションなはずなのに今日は恐ろしく無口で窓の外をぼんやりと眺めている。
そのいつもと違う真島に皆妙な緊張を味わっていたが、助手席に座った組員の一言で静寂が破られた。
「親父っ!親父っ!」
無視を決め込んでいたが余りにも執拗な呼び声に渋々車内に視線を戻す。
「あのビルの屋上見てください!あれたぶん飛びますよ!」
「たかが飛び降り自殺でいちいちワシに声かけんなボケッ!」
「すっすんませんっ!」
肉の塊が地面に叩きつけられ潰れる、闘いにおいて非道なまでに制裁を加える真島なら飛び付くだろうと知らせた組員だったが、その予想は呆気なく外れた。
そろりそろりと人だかりが出来ている横を車で通り抜けようとした瞬間、組員が声を大にして言った。
「親父っ!あれ親父の贔屓にしてるっ…」
真島が車を飛び出したのとほぼ同時に女の足が地面を蹴った。
辺りに響き渡る野次馬の悲鳴。
クソッ なんで自殺なんか!
ついさっきまで楽しそうに男と歩いてたはずやのにっ!
途端に両腕にものすごい衝撃を受け、真島は尻餅をついた。
野次馬の安堵の溜め息に、今自分の両腕にある重みが反応する。
「どうして助けたのよ!!」
数えきれないほど人の命を奪ってきた極道者の自分が偉そうにできる立場ではないが、あまりにも命を粗末にした言いぐさに真島は考える前に女の頬を打っていた。
「痛ぁ… 何すんのよっ?!」
打たれた頬を押さえながら顔を上げた女は真島を見て目を丸くした。
そして真島も顔を上げた女を見て右目を見開いた。
「吾朗ちゃん!!!」
「ハルとちゃう!!」
ビルの屋上に立ちすくむ姿はどうみてもハルだった。髪型も顔のパーツもハル、なのにどこが?どこが違うのかわからないが今腕の中にいるのはハルではない。
一方女は真島を知っているらしく首に腕を回して首筋に唇を寄せた。
「うわっ!なにすんねんっ!!」
突き飛ばされ勢いよく後ろ向きに転がった女のスカートが捲り上がりレースの黒い下着が露になる。
「きゃっ!ヤダッ!!」
咄嗟にスカートを元に戻した女だったがその一瞬を真島は見逃さなかった。
パンツが、、、、、
モッコリしとる、、、、、
「オマエ男やないかっ!!!」
女にあるはずのない股間の膨らみに気付いた真島は、首筋に寄せられた唇を思い出し虫酸が走る。
「やだも〜!男だなんて言わないでよ吾朗ちゃん!」
「だっ誰やねん!ワシの知り合いにこない気持ち悪い奴おらんはずや!」
なんだ知り合いか、と内輪揉めを始めた2人に呆れ顔の野次馬達はいつのまにか散り散りに掃けていた。
「前に嶋野ノ組長さんが店に連れてきてくれて意気投合したじゃないの!ほら、キャロラインよ〜!」
確かに知り合いにキャロラインという名の人物が一名いるが、真島の知っているキャロラインはもっとこう男がただ化粧を施しただけのオカマで…
「オッサンのキャロラインなら知っとるんやけど…」
「ぐ…。まぁこの際仕方ないわ。そうよ、そのキャロラインよ。」
「せやけどオマエ顔…」
震える黒に覆われた指先でハルそっくりのキャロラインの顔を指差すと、彼女はなんとも得意気に言った。
「整形したの!ほら、吾朗ちゃんがこの顔に夢中だってママに聞いたから〜、おもいきっちゃった!」
キャロラインはペロリと舌を出した。
ハルならきっとしない仕草だろうがまるでハルがそんなおちゃめなふりをしたように思えて胸が騒ぐ。
だがなぜ、なぜハルの顔に似せたのだろう。
好きな女の愚痴を言うわけではないが、ハルはずば抜けて綺麗だとか可愛いわけではない。どうせ整形するならモデルや女優に似せたほうがなにかとプラスになる気がする。
「なんでハルの顔にしたんや?オカマやったらもっと色っぽいネーチャンにしたほうがええんとちゃうん?」
道端に腰を降ろしたままの極道と女を、皆関わらないように避けて歩く。彼女がビルから飛び降りたことなど今通り過ぎる人々は知りもしない。
「どーしてこの顔にしたか?」
「せや。名前が外人みたいやからもっと鼻高うして…」
鈍感ね、とキャロラインは呟いて、膝を立てて座っている真島に、ずい、と体を近づけた。
「吾朗ちゃんが好きだからよ。」
それはまるでハルに言われたようで、真島は思わず言葉を失った。
「吾朗ちゃんが好きだったからこの子の顔に似せたのよ。もしかしたら張り合えるかもって。なのに腫れがひいてお店に出たらママが「吾朗ちゃん、あの子と上手くいってるみたいよ」って…。」
涙を浮かべてそれが流れ落ちないよう必死に我慢している顔なんてどうみてもハルだ。
「もう私が入る隙がないならこの顔にした意味がないじゃない!だからそこから飛び降りようと思ったのよ…。」
「上手く…なぁ……いけへんなぁ…。」
今ならハルを自分のモノにできるだろう。
だがハルを手に入れた代償に失うのは長年極道モノとして暴れ身につけてきた圧倒的な強さ。
ハルの堅気としての全うな人生を奪い命の危険にさらし、親である嶋野の命ももしかしたら守りきれない。
ハルをモノにしたいという願いの代償はあまりにも大きく、悩む余地もなく答えは決まっている。
「…ワシみたいなんは独りが一番ええんや。独りやないとあかんねん。」
吐き捨てるようにそう言うと真島はようやく立ち上がった。
軽くパンツをはたこうと視線を落とし、返り血にまみれた己の姿を見てさらに決意を固める。
見ての通りワシは血にまみれた人間
ハルを血で染めるわけにはいかんのや
「じ、じゃあ私がその子の代わりになってあげる!いいでしょ?」
キャロラインは一筋の希望を見出だしたのか立ち上がると真島に抱きついた。
「私なら極道の世界もわかってる!あの子の替わりだから吾朗ちゃんもマジにならないから迷惑じゃないでしよ?」
「…オマエ、そこまで自分落としてプライドっちゅ〜モンないんか…?」
「プライド!?そんなのこの顔にした時に棄てたわ!!だからせっかくのこの顔使ってよ!ね?」
相手が惚れた女に顔を変えてでも好かれたい、そこまで自分に惚れてくれる人間はもう二度と現れないかもしれない。
一瞬ヨコシマな考えが脳裏を過った真島だったが、ハルに惚れたのは顔だけではない。だから顔が同じでも意味がないのだ。
と、その前に根本的に間違っている!
「そないチンコ生えたハルなんか嫌や!堪忍して!」
「えっ?嫌っ!?なら性転換するわ!おっぱいだって吾朗ちゃんの好みのサイズに……ってねえ!」
キャロラインの言葉を無視して真島は車に戻る。
「ねえ!吾朗ちゃんってば!!!」
「オマエのせいで酷い目おうたやないか!!」
真島は、ドアを開けていたキャロラインをハルと見間違えた組員をひっつかむと勢いよく蹴り跳ばした。
そばにあった電柱に運悪く激突した組員を気にすることなく真島ははよ出せや、と命令し、男を残して走り去った。
後からやってきた車が、延びている組員を車に担ぎ込むのとキャロラインが無理矢理乗り込んで来るのを阻止するのに大いに手こずったのを真島組長は知らない。