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□恋する狂犬II-18
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「本当ですか?!ありがとうございます!……え?今日からですか?!はい大丈夫です!伺います!」


翌日、私はこっそりと面接を受けていたキャバクラからの合否を告げる電話でテンションが上がっていた。
その店はスカウトされたキャストが大半で、自ら面接に来た女の子はほとんど不採用という高レベルのキャバクラ。
あまりの高時給にネタがてら面接を受けてみただけだったけど、まさか採用されるとはおもってもみなかった。


「どうしよう!もしかしたら私最高齢なんじゃない?!みんなハタチやそこらだろうし。」


独り言を言いながら慌ただしく準備をする。
久しぶりの濃いめのメイクに、やりすぎてないか不安を抱えながら先日一目惚れして買った靴の箱を開ける。

「ドレスはとりあえず向こうで借りるなり買うなりするしかないな。靴だけこれにして……。」


高いピンヒールを履けば背筋がピンと伸びる。

私はひとつ深呼吸をしてから部屋を出た。



歩くためにデザインされたとしたらそれは拷問だ!と文句を言い出してしまいそうな歩きにくいピンヒールの靴で神室町を歩く。
やっとの思いで店にたどり着いた時、すでに足は靴擦れで酷い有り様だった。



「おはようございます!あの、今日からお世話になります……」
「ハルちゃん、だよね??」


聞き覚えのある声。
微笑むオーナーの顔をまじまじと見る。


「お、オーナー?!?!」

「そ。店長から渡された履歴書見てまさかとおもったけど本当にハルだ。」


優しく笑うその人は、以前私がブティックにいた頃のオーナーだった。

「あれからすぐ有り金はたいてこの店をオープンしてね、はじめはどうなるかとおもったけど今はまあ軌道に乗ることができて有難いよ。ハルはずっとこっちに?」

「いえ、しばらく大阪にいたんですけどつい最近戻ってきたんです。まさかオーナーがオーナーだったなんて……。」

「偶然ってあるもんなんだね。さ、昔話をもっとしたいところだけど開店に間に合うようドレスと髪をなんとかしないと!あっちにクローゼットがある。好きなのを選んで良いよ、1着目はプレゼントだから。」


教えられた部屋に入ると壁一面がハンガーラックになっていて沢山のドレスが掛けられていた。

「元ドレス屋だからね、ドレスを買い集めるのなんてお手のもんだよ。」


扉が閉められたのを確認し、私は沢山の中から薄いチュールが何枚も重ねられているサーモンピンクのドレスを手に取り鏡の前で合わせてみる。


「どうせなら普段選ばないようなとびきり可愛い物にしよう!」


ふわふわのドレスに着替えるとタイミングよく扉がノックされ、ヘアメイク担当の女性が手早く髪をセットしてくれる。


「じゃ、あと10分で開店だ。今日もしっかりお客様を楽しませてくれ。あと彼女が今日からメンバーに加わるハル…ええと、源氏名どうする??」

「あ……じゃあ真琴で。」

「真琴だ。みんな色々教えてやってくれ。」

「宜しくお願いします!」



朝礼が終わり残りの10分、メイクを直す人や電話をかける人、過ごし方は人それぞれ。
私は小さなバッグに直していた携帯を取り出して真島さんに電話をした。

「(一応伝えとかないと……)…………あ、もしもし真島さん?」

「お掛けになった番号は只今電源が切られているか……」


仕事中かな、なんだか忙しそうだったしな。

私は仕方なく携帯をバッグの中へ戻した。





「どう?やっていけそう??」


お客様をお見送りし、店内に戻るとオーナーが声をかけてきた。


「はい、初日だって言ったら良いボトル入れてくださったお客様がいてびっくりしました。」


他のキャストの人達に比べたらなんの華もない私に躊躇いもなくボトルを入れてくれたお客様。優しい顔で少しふくよかな体型のその人は何度か接待で連れて来られていたらしく、今日初めて自ら来店されたらしい。


「あのお客様は特に指名で一人に絞るつもりはないらしいよ。」

「え?でもお店のルールは……」

「うちは絶対に指名しなきゃいけないルールはないよ。色恋しようが寝ようが全て自己責任。だから上手くやればいくらでも稼ぐことができる。」

「自己責任……」

「そ。だから少しでも不安があるなら変なことはしないほうが身のためだよ。お客様との付き合いに店は一切口を挟まないかわりに助けることもしないからね。あ、今日はもう上がる?初日で気疲れしたろ?」


オーナーのお言葉に甘えて上がることにした私は、店の前に停めてあるタクシーに乗るように伝えられた。帰宅途中になにかあったら困るかららしく、ちなみに店前から乗り込んだ後自宅までの間に個人的に途中下車したり誰かを乗せたりした時点で、なにかあっても自己責任だそう。


「真琴さんですね?どうぞ。」


運転手さんがドアを開けてくれる。
私はお願いします、と告げて乗り込んでから携帯電話を取り出した。

真島さんからの着信はない。


「あの、自宅までの道のりで通ってもらいたい道があるんですけど…」


私は真島さんが働いている場所の前を通るルートを進んでもらうことは可能か恐る恐る聞いてみた。


「そちらの道でしたら渋滞回避で通る道なので寄り道には含まれないですよ!ではこれからそこを通って自宅へお送りします。」



建設現場が近づくにつれ騒音が大きくなる。白い囲いの上からのぞく建設中の骨組みのところにいる人達を、開け放った窓から冷たい風を受けつつ真島さんの姿を探したけれど、作業着の人ばかりであの派手なパイソン柄は見当たらない。


メールを打とうか悩んでいる間に自宅に着いた私は、オートロックの扉を抜けるまで運転手さんが発車せずに待機してくれているのをほっとした。
自ら変な行動を取らない限り安全は保証されてるようだし、はじめから色恋などするつもりもない。真島さんに文句を言われることもないだろう。



[とりあえずの仕事決まりました。夜のお仕事だけど知り合いのお店で安心です。時間が空いたら連絡ください。]



メールでいろいろと説明するのは面倒だし、面と向かってお店のこととか話がしたい。

いつ電話があってもいいように枕元に携帯を置いて寝たけれど、朝日が射し込む時間になってもそれは鳴ることがなかった。







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