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□恋する狂犬U-13
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神室町から少し離れたカフェで私は外を眺めていた。



「おまたせいたしました。」





運ばれてきた温かいカフェラテの表面に可愛らしいネコのラテアートが施してある。


もったいなくて飲めないじゃない

そう思いながらもカップの端に口をつける。ネコが潰れないようにそーっと、そーっと液体を口に流し込む。



てっきり一緒に東京へ向かうものだと思っていたのに昨晩龍司から新幹線のチケットを渡されたハルは、少しがっかりしながらも1人で東京へ出向き、役所で手続きを済ましていた。



必要な書類は揃った

あとはこれを提出するだけ





最も大事な書類は龍司が持っている。と、いうことはそれを出す時は二人揃って行くつもりなのだろう。



「なんか変な感じ。また家族になるって。」


法律的にはそうではなかったが龍司とハルは長い間兄妹として生きてきた。
お互いが大人になって、兄妹から恋人という関係になり、そして今度は本当の家族になる。


あの頃の自分に教えてあげたら泣いて喜ぶだろうな



ふふっ、と笑いながら再びカップに口をつける。


もう一口飲んでネコを見ると口をつけたところに吸い寄せられていてぐにゃりと何とも言えない表情になっていた。


その表情がおもしろくて写真を撮ろうと携帯を取り出したと同時に着信音が鳴った。




「もしもし」


「おうハル、もうすぐそっち着くから店の外におり。」


「はーい!わかったー!」





パシャリと1枚写真を撮り残ったカフェラテを飲み干し会計を済ませると外に出る。

タイミングよく白いリムジンが目の前に止まると男が1人降りてきて後部座席のドアを開ける。




「すごいタイミングよかっ…………てどうしたのその格好!」



乗り込もうと頭を下げ奥に座る龍司を見てハルは驚いた。

いつものコートにスーツではなく紋付き袴。



「ああ、ちょっと葬儀にいかなあかんからな。」


「喪服じゃ駄目だったの?」



パタン、とドアが閉められ車はゆっくりと走り出す。


「ほんでいるもんちゃんとできたんか?」


「あ、うん!バッチリだよ、後は提出するだけ。」



もらってきた封筒を龍司に渡すためによいしょ、とハルが距離を縮める。

それを見て右腕でハルを引き寄せると龍司は優しく前髪にキスをした。



「さみしかったか?」


「え?ううん、いつも一緒だし昨日も一緒にいたじゃない。さみしくなんか」


「へぇ〜……昨日チケット渡したときしょぼくれた顔しとったくせに。」



ムッとしてハルは口を尖らせた。





「だっててっきり一緒に東京に行くんだとおもってたから……」


上目遣いに龍司を見れば、にやにやしながらも「堪忍な」と尖ったハルの唇を親指で押し潰す。













「 ……ここからは大事な話や………。当分の間わしはお前と一緒におれそうにない。」










えっ…………、とハルの表情が強張る。



「……わしの中でずっとつっかえてた事があってな。正直もう近江連合なんかどうでもええ、わし個人の問題や。それを片付ける時が来たんや。」



肩にまわされた右手に力が入り、ハルは龍司の厚い胸に押し付けられる。




「……どうしてもやりあわんとあかん奴がおる。今からそいつに挨拶しに行くんや。」



押し付けられた彼の胸から離れて表情を見たい。けれどそれをさせまいと大きな右手は少しも動かない。

そして龍司の手のひらが、ハルの気持ちを落ち着けるように、宥めるように頭を撫ではじめた。





「……当分ハルのこと相手してやれんし……考えてやれん。」




「……なんでっ……」



「お前のこと考えてる余裕なんかあらへんくらいそいつに夢中なんや。それに余計なこと考えとったらやられてもおかしない。それくらいごっつい相手や。」




このところ頻繁に関東へ出向いていた龍司、そして蒼天掘で偶然会った桐生。

考えないようにはしていたが、とうとうハルの中で二人が重なる。




「……龍司くん、もしかして…………」



「なあハル、お前、しばらくこっちにおれ。」


「え、こっちって……」




無言で返す龍司に、ハルは関東にいろということだと理解する。




「関西おってもわしがおらんかったら1人やろ、せやったらまだ知り合いのおるこっちのほうが」


「やだ!どうして?!帰ってくるんでしょ龍司くんっ?!」



突然上げた大声に運転手がびくりと肩をあげた。

龍司は変わらずハルの頭を優しく撫で続ける。




「当たり前や、もちろん帰ってくる。けどそれがどういう形かわからへん。人として帰ってくるか、箱に入って帰ってくるか……」






パチンッッッ!!!!







痛みの走った左頬を撫でる。



「冗談やて。」


「冗談でもそんなこと言わないでよ!!!」



それをきっかけにハルの目から涙が溢れ落ちる。



「すぐ帰ってくるかもしらんし何年も後かもしらへん。そやけどハルの横におるためには避けて通れん道なんや。泣くなやハル。」



ハルの大粒の涙が二人の名前を書いた書類に落ちる。



「……これ……私が持っててもいい?」


「……あかん。」




「!!やだ…………龍司く」


「それをお前と出しに行くんを楽しみにわしが持っとく。せやからあかん。ハルには渡さん。」




龍司がハルの手から取り上げたそれを大切そうに懐にしまいこむ。



「なあハル、わしら長いこと離れてたやないか。それおもたら今回なんかあっちゅう間やとおもわんか?」


「……そんなのわかんないじゃない。」


「なんでや?携帯もあるやんけ。昔と違って今はなんぼでも連絡取ろう思たら取れるやないか。それにお前さえ関東から出んかったら携帯つながらんかっても探しだしたる。それくらい余裕や。」



撫でていた右手を止めると、龍司はきつくハルを抱き締めて、華奢な首筋へ顔を埋める。



「せやから……な?、ハル。ニイチャンの一生に一度の頼みや……。聞いてえな。」






ずるい

一生に一度のお願いなんてずるい



でも、聞くしかないじゃない





龍司の背中にまわされた細い腕に力が込められる。


それがハルの返事。




「おおきにな、ハル。」





胸に埋もれたハルの体温を、匂いを、全てを自分にしっかり残るように、龍司はいとおしみながらきつくきつく抱き締めた。




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