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□恋する狂犬U-11
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蒼天掘からすぐ近く、とあるホテルに私はいる。
しばらく慌ただしくなるから、と龍司くんからルームキーを渡された。本人も当分の間家に帰らず自分の事務所にいることになるそうだ。


龍司くんの組、郷龍会の事務所にも寝泊まりできる部屋があるけれど、そこにいるのは気を使うだろうという彼の配慮でとってくれたこのホテル。
部屋はスイートクラスなのか、やたらと広くて豪華。まるで何かの記念日みたいだ。



「あ、もしもし龍司くん?……うん、今ホテル着いたよ。」



彼が心配しないように電話を一本いれる。
どや?ええ部屋やろ!と嬉しそうに質問してくる彼に、私は一人じゃもったいないからこっちに帰って来てねと伝える。

気をつけてね、と通話を切ろうと携帯電話から耳を離しかけた時、ハル!と呼ぶ声が聞こえた。



「んー?なあに?」



「お前役所行って紙もろてきといてくれるか?」



紙???



「まあそれ書いたところで今と特に変わることなんかあらへんやろうけど……ああ、ハルの名前が郷田になるだけか。」


「郷田……ハルかぁ……なんか強そうだね。」


「ええやんけ。そのうち親父にもちゃんと紹介するから覚悟しときや。」


「覚悟?お父さんそんなに怖かったっけ?」


「怖いことあらへん。わしが言いたいんはハル、お前極道もんの嫁になるっちゅーことや。その覚悟や。」




極道の嫁

すなわち極妻



頭のなかでピシッと和服を着て髪も綺麗にセットして日本刀を持つ自分を想像する。


同じ想像を龍司くんもしたのか小さくクックッと笑い声が聞こえてきた。



「もうっ!!ウケるところじゃない!!!」



笑いながらほなな、と通話を切った彼に少しもやっとしながらも、私は極妻になるための紙をもらいに役所へと向かった。






婚姻届を出すのに必要なもの、戸籍謄本。


そういえば住民票も全部まだ神室町のままだ。郵送してもらうこともできるけれど数週間はかかる。
急いでいるわけではないけれど自ら東京まで行って手続きをするほうがお金はかかるけど早い。まあそれは龍司くんに相談しよう。



しかし極道の妻っていうのはどんなものなのだろう。
龍司くんのお母さんはどんな生活を送っているのかな。そういえば龍司くんってお母さんいるのかな……今まで聞いたことないや。



役所で紙を2枚ほどもらった私は極妻がどんなものかを知るためにレンタルビデオ店へと向かった。


何本か極妻シリーズをレンタルしぶらぶらと雑誌の立ち読みをする。

新しくできたお店の特集や季節のイベント特集、ああそうか、イルミネーション特集が多いのはもうすぐクリスマスだからか。


クリスマスが近づくと街全体がキラキラして華やかで、道行く人々がみんなうきうきしているように見える。

お店から聞こえてくる音楽もクリスマスソングばかりで、自然とこちらもうきうきして何か良いことが起こりそうな気持ちになる。




あんな豪華なホテル、どうせならクリスマスに泊まりたかったな




龍司くんが戻ったら聞いてみよう。クリスマスまでに一段落しそうなのか。

もしゆっくりできるのなら一緒にケーキを買って過ごそう。





そんなクリスマスの楽しみを考えながら立ち読みをしていたらあっという間に遅い時間になっていた。
龍司くんからの連絡はない。
まだ帰ってこれないんだろう。


そうだ、たこ焼きでも買って帰ろう。



私は蒼天掘のたこの屋台へと足を向けた。





ソースとマヨネーズの香りが食欲をそそる。これは冷める前に食べてしまいたい。

私は川沿いにあるベンチで頬張ってから帰ることに決めた。




グリコの看板が有名なこの橋。

ここも私が大阪を離れている間に綺麗になっていて、川沿いもちょっとした休憩スポットになっている。
でも私は昔のごつごつした石の橋のほうが好きだったな。いたるところに落書きがされていて汚いといえば汚いのだけどそれがこの蒼天掘って感じだった。



懐かしい橋を思い出しながら歩いていると見覚えのあるスーツ姿が目に入った。



薄いグレーのスーツに赤紫のシャツ


オールバックの険しい顔つき…………






「きっ……桐生さんっっ!!!」




考える前に声がでていた。



険しい彼の目に私が映る。

やがて私だとわかったのかほんの少し表情が和らいだ。




「お前っ……ハルか?!」


「お久しぶりです!桐生さん!」



目の前まで来た桐生さんはたこ焼きを持った私を見て、「元気そうだな。」と目を細めると手のひらを頭にのせた。


龍司くん以外の男の人に撫でられてほんの少し心がドキンと反応する。



「なんだ、それを食うところか?」


「あっはい!でもどうして桐生さんが大阪に?!」


「ああ、ちょっと用があってな……。」


「よかったら一緒にどうですか?!あ……ごめんなさいお急ぎでした……よね……?」



急いではいるんだが……、と時計をちらりと見た彼は、ちょっと考えたようだったけどOKの返事をくれた。






「神室町でごたごたに巻き込まれている間にいなくなって心配したんだぞ。」


「今は……ちゃんと暮らせてるのか?」



まるでお父さんのような質問に思わず笑ってしまう。



「はい、今はもう元気にやってます。兄に奇跡的に会うことができて一緒に……。」


「そうか……よかったな。」



上を向いて白い煙をふぅーっと吐き出した桐生さんは、私の膝の上に置いたたこ焼きを1つ口に放り込んだ。



「…ハル……悪かったな。」



突然の謝罪に私は彼に謝られるようなことがあったか必死に考える。



「俺が……もっと兄さんのことを見ていたらお前が神室町を去ることもなかった……。」


「二人のことを一番知っていたのは俺なのに、その時俺は自分のことしか見えてなかった……。」



「き……桐生さんはなにも悪くないです!!あれは私がっ…………」




彼がどこまで知っているのかはわからない。けれど勝手にくっついて勝手に離れただけ。桐生さんは一切関係ないし謝るようなことなんてなにひとつないのに。



「私が……あの人の気持ちから逃げちゃったんです。ただそれだけ。」



「……ハル…………」



そんな辛そうな目でみないで。


本当にあれは二人の問題で、そこに桐生さんが入ってくれてたとしてもきっとなにも変わらない。
責任なんて感じないで。




「あの人の気持ちが大きすぎてへこたれちゃったんです。私根性なしだから……。」



へへ、っと笑ってみせる。



「桐生さん、私後悔してないしちゃんとこの先を見てます。もう後ろなんて向いてない。」


「……そうか……。強い女だな、お前は……。」


やっと優しい表情に変わった彼を見てほっとする。

そして少しだけ開けた神室町でのあの人との思い出にもう一度鍵をかける。

過去はもう振り返らない。




「しかしなんだそのビデオの山は。極道の妻たちへ、って……」


「ああ、ちょっと勉強です。」



極道なんて勉強するもんじゃねぇ、と小さく笑いながら落とした煙草を爪先で踏む。



「桐生さん、もう私の心配は無用ですよ。」


「そうみたいだな。」



そろそろ、と立ち上がった桐生さんについて私も一緒に橋の上に向かう。




「どこか向かわれるんですか?」


「ああ。でもその前にいろいろ聞き込みをしておきたくてな。」


「聞き込みかぁ……私も手伝いましょうか?」




手伝うとはいったものの知り合いもほぼいない私は、せいぜい龍司くんや郷龍会の人に聞くくらいしかできないけれど。



「いいのか?……そうだな…………」





桐生さんの返事を待っているとポケットの中で携帯電話がブルブルと震えた。

彼に断りを入れて電話にでる。




「もしもし?……うん、ちゃんと行ってきたよ!あとね、ビデオ借りた。」




ガヤガヤと雑音が聞こえて龍司くんは今私がどこにいるのかを聞いてくる。




「今?今はっ…………川沿いでたこ焼きたべてた。」





……無意識に隠してしまった、桐生さんのことを。


桐生さんのことを説明すればきっと龍司くんは不機嫌になってしまう。だって彼は、こないだ偶然東京で会った先輩よりもあの人と近いところにいて私達のことをよく知っているから。

変に勘ぐられてあの頃の事を話すのは嫌だ。




「……うん、……うんわかった!龍司くんもね!じゃあね!」



「大切な相手がいるんだろ?俺の手伝いなんていいからはやく帰ってやれ。」



自分の存在を隠された桐生さんは、すぐに電話の相手が男だと気づき優しく笑う。



「すいません……。桐生さん、私……兄と血が繋がってなくて……。それで今その兄っ……龍司くんと一緒に。」


「そうか……。誰であろうとお前を守ってくれる奴がいるんだな、安心した。」





ゆっくりと背中を向けた桐生さんは後ろ手に手を振りながら人混みへと消えていった。









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