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□恋する狂犬U-10
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用事を済ませて戻ってきた龍司はルームキーをポケットから取り出してセンサーにあてる。
カシャリ、と反応し解錠された音が聞こえるとドアノブに手をかけつつ中の様子に意識を集中させた。
テレビの音がかすかに聞こえてくるが人の気配は感じられない。まさか……な、と一瞬不安がよぎりそうになったが首を振りそれをかき消した。
間違いなくハルはもうわしのもんなんや
不安になることなんぞなにひとつあらへん
中へ入りドアにロックをかけるとゆっくりと歩きだす。
2つあるベッド、その窓際の方、そこにはちゃんとハルがいた。
龍司は彼女の姿を確認してやはり安心したのか、小さなため息をおもわず漏らす。
「……涎こいてまで爆睡するか……」
緩んだ口元から伝う透明の液体を人差し指の背で拭えば、ハルはうっとおしそうに眉をしかめてそれを払いのける。
どんだけ熟睡してんねん
おかえり!と笑顔で出迎えて飛び付いてくるハルを想像していたのにおかえりの一言どころか笑顔すらない。少しがっかりしながらも顔にかかった髪をはらってやる。
ああそうや、もしかしたらあの薬がまだ残っとったんかもしれへんな
「ハル、かんにんな。」
龍司はスーツを脱ぎハルの隣へ起こさないように横になった。
予定ではシャワーを浴びてすぐにでも彼女を抱く気だった。けれどこんなに無防備で平和な寝顔を見せられたらさすがの龍司もそんな気分ではなくなる。
「お前を抱くんはまたおあずけや。」
柔らかい髪を撫でながら、龍司も深い眠りへとおちていった。
「ねえっ!起きて!起きてってばー!!」
閉じた瞼を照らす朝の光。小刻みに揺さぶられる体に寝起きの悪い龍司の顔が歪む。
「おーーーきーーーろーーー!!!」
家のベッドではないのをいいことに、ハルは子供のようにぴょんぴょんと跳ねる。一層龍司の顔が歪んでいく。
「ほんっとに寝起き悪いんだから!!…………ねー朝ーー!お腹すいたーー!龍司ぃーーー!!」
むにっ、と頬をつまむ。あの郷田龍司にそんなまねできる人間なんて後にも先にもハル以外現れないだろう。
「……誰が呼び捨てにしてええゆうた…………」
歪んだままの表情で片目だけをうっすら開けた龍司はじろりとハルを見る。
「今謝ったら許したるわ」
「えぇーーっごめんなさぁーーーい」
「はい、許さん。」
ガシッと腕を捕まれハルはそのまま龍司の胸に引き寄せられた。
わざと両腕に力を入れて抱きしめるとハルが参りました!と声を上げる。
「もーっ!ちゃんと謝ったのに!痛いよー!」
「誰が聞いてもあれは挑発しとったやろが。」
エヘヘ、と笑う彼女にもう一度制裁を加える。
「痛い痛い痛いっ!ごめんなさいごめんなさいっ!!」
わかりゃーええ、と力を緩め右手でハルの頭を撫でる。
「もうちょい優しい起こしかたないんかいな。ほれ、朝よ〜ゆうてチュウするとかやなー。」
「絶対起きないよそんなの!」
「そんなんわからんやろ、いっぺん練習してみ。はよぅ。」
そう言うと龍司はうっすら開けていた目を再び瞑る。軽くため息をつきながらハルは仕方なく龍司につきあう。
「龍司くん起きてー、朝だよー……んーっ!……」
言われる通りキスをしても龍司の目が開く気配はない。
「ねえ、ど??」
「…………もっぺんや。」
再びため息をついてハルは2度目のキスをした。
「ん、よっしゃ起きよか。」
ぱちっ、と勢いよく両目が開いて驚いたハルを抱きながら龍司は体を起こす。
「なんやひさびさに良う寝たなぁー!」
首を左右に倒しボキボキと骨を鳴らす。見よう見まねで試すハルが、ただ首をかしげただけになったのを見てフッと笑いがこみあげる。
「シャワー浴びてくるわ。」
「ねえ、明日からほんとにあれでさっきみたいに起きてくれるの?!」
「はあ?あんなんで起きるわけないやろ。」
ニヤリとしてバスルームのドアを閉めた龍司は、キスしたかっただけだとわかったハルが怒って攻めてくるのを見越して鍵を閉めた。
「腹減ったなあ。なあハル。」
すぐにでも出れる用意をした状態の彼女はベッドにうつぶせに倒れ込んでいた。
「なんや、どないしてん。」
「おなか……すいたぁ……」
そのあまりのやつれた表情に負け、龍司は髪を乾かすのもほどほどにホテルを出ることになった。
「せっかく東京きたんや。どっかで食うてかえろか。」
浮かれたハルはすぐさま携帯をいじると昨日留守番中に調べたお店を見せる。
「……朝からパンケーキやと……ほんまにゆうてんのか……」
「龍司くん!私ちゃんとおとなしく留守番してたよ?!」
「……わかったわかった、行きたいとこ行ったらええ……」
許可がおりたと同時にハルはハンドルを握る構成員に地図を見せた。
「朝からようさん人はいっとるもんやのぅ〜」
店に着き席を案内される。客のほぼ大半を女子がしめるような店はなんどかハルに連れてこられていて周りの視線は特に気にならない。
適当に注文してくれや、と彼女に言えばコーヒーと食事を2セット注文する。食事はもちろんハルが食べたいもの二種類。
これもいつものパターン。龍司は彼女がそろそろ満たされてきた頃にフォークを持つ。
「どうや?旨いか?」
「うん!!しあわせ〜!」
「そうか、口のまわり泥棒みたいなっとるけどな。」
慌てておしぼりで口を拭く。いままでとなにもかわらないやりとり。ひとつ違うのは、触れたいと思ったときに躊躇なく触れられるということ。
とれた??とこちらを向くハルに、まだや、と手招きをする。乗り出した彼女の口の端にまだ残っていたソースを親指で擦りとるとそれをぺろりと舐めた。
こんな行為も自宅でしかできなかった。こんなに人目のあるところで平然とできてしまう自分は、もしかしたらバカップルというやつでにいのだろうか。龍司はふと思うと鼻で笑った。
「もしかして……ハル??」
龍司から正面に見える女が近づいてくる。一気に彼の目から優しさが消える。
「え……?あっ!!!結城さん!!!」
キャー!と立ち上がり二人で手を握り合ってぴょんぴょん跳ねる。
「あれからどうしてたの?!神室町行くたびに連絡してたんだけど全然繋がらなくて心配したんだから!」
神室町という単語に反応した龍司の低い声が二人の会話に割ってはいる。
「ハル、誰や……」
「あ、同じ寮に住んでた先輩の結城さん。」
「へぇ……はじめまして……」
「はっはじめまして、結城ですっ…………ってあっ、お邪魔です……よね……?」
龍司の視線に怖さを感じた結城が席を離れようとする。
ごめんなさいと謝る結城をひき止めながらハルは振りかえり龍司を見た。
少し目を潤ませながら悲しそうな顔をした彼女は、「もう少しだけ話をさせて」と言いたげに龍司を見つめる。
龍司はしばらくその目を見返した後視線を反らすと立ち上がった。
「外で煙草吸うてくる。吸い終わったら行くからはようでてこいや。」
「う、うん、ありがと龍司くん!」
ハルは龍司をドアの外まで見送ると小走りに結城の元へ戻り席についた。
本音を言えばハルの過去を知る人間なんていらない。自分が知らない離れていた時を知っている人間ならなおさらだ。
だけどなぜか二人で話す時間を設けてしまった。ハルの あの顔を見たらそうしてやらないといけない気がした。
ハルを手に入れて、ちょっと丸くなってしまったのではないだろうか。そんなことを思いながら短くなった煙草をみて最後の煙を肺に送る。
ため息が白い煙と一緒に出た時、ハルが店から出てきた。
「お待たせ龍司くん!ありがと!」
にっこりと笑いポケットに入れた左腕に細い腕を絡めてくるハル。
今隣にいるハル、過去なんかどうでもいい、これからを自分だけのものにしていけばいい。
龍司は彼女の頭をぽんぽんと撫でて存在を確かめると車を待たせている駐車場へと向かった。