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□恋する狂犬U-9
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「ハル、おきろ。」
大きな手で頭を撫でられハルは目を覚ました。窓越しに見える景色はまだ薄暗く、寝ぼけた頭では一体ここが何処なのか見当もつかない。
「ん……ここ……どこ??」
「……東京や。」
神室町とはっきり言わず東京などと濁したのは、ふとあの日ボロボロになって戻ってきたハルを思い出したからか、それとも神室町と言った途端するりと腕から離れてしまうような気がしたからか。
「どうしてもやらなあかんことあってな、連れてきてしもた。」
「……仕事?」
「そうや。なんか旨いもん食べて帰ろ。」
うん、と言いながらもまだ眠いのか目を擦りながら龍司に寄りかかるハル。
優しく髪を撫でながら目を閉じる。できるならこのまま次に目が覚めるまでこうしていたい。
しかし、龍司はすぅっと彼女が小さな寝息を立てるのを確認し、そっとハルを寝かし車を降りた。
「わしが戻るまで外に出すなや。」
「へい。」
車内に1人、外にも1人組員を残し、龍司はやるべきことの為車を離れていった。
横になったままハルは耳を澄ます。細く開けた窓から入ってくる鳥の鳴き声、ゴミ収集車の音、早朝に相応しくない妙にテンションの高い騒ぎ声…………きっと神室町だ。
運転席に1人、外にも見張りで1人……そんなことしなくてもどこにもいかないのに。
「龍司くん……」
ぼそりと呟けば運転席にいた組員が反応する。
「あ、起きはったんですか、龍司さん今ちょっと離れてますけどじき帰ってきはるんで。これ、起きはったら渡すよう頼まれてます。」
受け取ったミネラルウォーターをゆっくりと喉に流し込みながら窓越しに見える町にピントを合わせる。見覚えのある景色……そうだ、働いてたお店の近くだ。
がむしゃらに働いてたあの頃。何度も彼氏には浮気され殴られ、そんなだから別れようとしてもなぜか別れられなかった。今思えばどこがよかったんだろう。結局は自分の元に戻ってきてくれることが嬉しかったのか。
けれど戻ってきてもしばらくすればまた音信不通、その繰り返し。そんな時にあの人が現れたんだっけ。
いらない嫉妬をかってしまって怪我をして、そのお詫びだと強引に送り迎えされて……
何度会っても苦手だったあの人がいつの間にか頼れる人になって、気付けば毎日あの人のことばかり考えてて……
とてもとても大切だった
愛されてて幸せだった
だけど、私はそこから逃げてしまった
あの人の気持ちを受け続けることができなくて
どんどん変わってく目の前の色に、抜け落ちていく色に
耐えきれなくて私は逃げたんだ
つぅっ、と目から涙が流れてハルは目を覚ました。
いつの間にかどこかのホテルのベッドに寝かされていたことに気づく。
「目覚めたか、飯、食いにいこや。」
バスローブを着てタオルで髪を拭きながら龍司は【ハルのいるベッドに腰を降ろした。
拭いてくれ、と首を下げハルに頭を向ける。こうやって少し甘えたような態度をとる時はなにか後ろめたいことがある時だと彼女は知っている。
「……龍司くん、あのペットボトルになにか混ぜた……?」
タオルでわしわしと髪を拭きながら問いかけるとわずかに龍司の首が強ばった。
「なんでそんなことしたの」
「……心配やったんや。」
心配だからといって睡眠薬まで飲ませるなんてどうかしてる。そんなことをするほど信用ないのだろうか。
「ひどいよ……そんなものなくてもちゃんと戻ってくるの待ってるのに!」
「やっと手に入れたんや!それをあないボロボロにされた町に1人簡単に置いとけるわけないやろが!!」
突然声を荒げ、顔を上げたせいでタオルが床に落ちる。
「信用してへんわけやない!けど何があるかわからへん!窓開けて外見てるときに前の男に見つかったらどないするんじゃ?!無理矢理連れてかれるかもしれんっ!!」
「そんなことないよ!」
「言い切れんやろ!!それにお前が車から飛び出して追いかけるかもしれへん!実際さっき泣いてたやろ!あの涙はなんの涙や?!ああんっ?!」
「……っ!……」
無意識に言葉に詰まる。
その反応を見た龍司の瞳の奥が冷たくなっていく。
「……へぇ、わかったわ、ほなクスリ盛ったことは謝るわ。そのかわりちょっと手荒になるけどな。」
ハルを待たせる間寝かせていたのは正解だった。もし男と遭遇してたら、過去の想いが甦っていたら…………きっとここに彼女はいない。
やっと手に入れたハル。
どれだけ時間がかかろうが必ず見つけてやると心に決めたあの日。
関西はおろか、関東までも自分のものにすればどこに隠れても必ず探しだせるだろうと水面下でこつこつと温めてきた計画。
とうとうそれを実行に移す時が迫ってきた矢先に舞い戻ったハル。
もう二度とこの腕からいなくなるのはごめんだ。
「なあハル、わしまたちょっとでかけなあかん。その間おとなしいしとくんやで……」
にやりと片方の口角だけを上げて龍司は彼女に近づきながらバスローブのベルトを抜いた。
「……や…………やだ…………き……キャアアァァア!!!」
「どっどないしたんですか?!?!」
ハルの大きな悲鳴にドアの前で見張りをしていた組員が慌ててドアを開けた。その隙間からハルは部屋を飛び出してしまった。
「あっ?!あっ親父っ、ハルさんがっ……!」
「ちっ……こんのボケがぁぁぁ!!」