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□恋する狂犬U-7
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自分からしばらく居候させてほしいと申し出たし龍司くんもずっと居るように言ってくれた。
けれど正直いつまでもお世話になるわけにはいかない。せめて家賃と食費代だけでも渡したい。

そう思っていた私は、彼がいない時間を見つけてはチラシのポスティングやティッシュ配りのバイトに精を出していた。



「おい、今どこや!!」


うるさく鳴る着信音を通話ボタンを押して止めると、今度は龍司くんのすこし苛立った声が耳に響き、思わず耳を塞ぐ。


「い…今?家におるよ…?」

「嘘つけ!蒼天堀に立っとるやろが!!」



どこで見てるの!?

咄嗟にきょろきょろあたりを見回したけれど彼の姿は見当たらない。あれだけ大きな体をみつけられないわけがない。



「ええか?15分で行く。そこから一歩も動くなや!」




一方的にブツリと通話を切られ、私は足元に置かれたダンボール箱を覗きこんだ。
あと15分…たった15分でこれだけのティッシュを配れるわけがない、どうしよう。

とにかく悩んでる時間があるなら配ってしまえ!と必死に道行く人に手渡していく。



「おねがいしまっ……!!!」

「…出会い、あります……やと…?」



時計をみればまだ15分経ってない。

ティッシュを受け取った目の前にそびえ立つ人はティッシュに印刷された出会い系の宣伝文句を食い入るように読むと、私が腕にかけていたティッシュの入った籠を取りあげ地面にばらまいた。


「ああっ!!ちょっとなにするのよ大事な商売道具!!」

「なにが商売道具や!この期に及んで出会いやと!?何考えとるんじゃ!!」



拾おうとしゃがみかけた私の腕を掴んだ龍司くんは「行くで」とお構いなしにグイグイ引っ張って歩いて行く。


「ちょっと!あれ全部配らないと怒られるって!!」

「やかましいっ!もうええっちゅうたらええんじゃ!心配せんでも残りは下のもんが処分しよる。」



振り返ればいつの間に現れたのか、郷龍会の人であろう数人が華麗な手さばきで残りのティッシュを配布していた。




郷龍会、詳しくは知らないけれど龍司くんは再会した時にはすでに関西のヤクザを束ねる一大組織、近江連合の近江四天王として君臨していた。
私も高校生の頃には薄々気づいていた、幼い頃から行き来していた郷田邸がヤクザの家だということに。そして龍司くんもその世界の人間だという事も。


おかげで幸か不幸かヤクザには免疫ができてしまった。

けれどやっぱり兄がいつも刀を持ち歩いていることは受け入れがたい。






押し込まれるように後部座席に乗せられ勢いよく走り出す車がどこを目指しているのかは知らない。
隣を見ると不機嫌な顔をした龍司くん、その隣には愛用の刀。



「ねえ、どうしてそんなに怒るの?」

「…怒ってへん。」


その返答がしっかり怒っている。

さらに機嫌を悪化させてしまわないよう私は言葉を選んで話しかけた。



「今日夜中まで仕事じゃなかったの?早かったね。」

「…アホ……抜けてきたんや、お前がティッシュ配っとるって聞いてな。」

「…黙ってバイトしたこと怒ってる?」


少し覗き込むようにして彼に質問すれば、ポケットからごそりと私が配っていたティッシュを取り出した。



「こんな出会い系のしょうもないもん配りよって…。お前も電話してみる気やったんか。」

「は??そんなことしないよ。出会いなんて求めてないし。」

「…ならええ。けどあんまりこそこそするようやったら外出禁止にするで。」



いつまでも子供じゃないんだから。

そう言いたいところをぐっと胸の奥にしまいこんで私は「はぁい」と返事をした。




大阪に戻り龍司くんと過ごす毎日。
昔の思い出に花を咲かせ、あの頃と変わらない態度で接しているはずなのになにかが違う。

二人の間の抜けおちた数年は、きっと一番お互いが変わり成長していた年月だったんだろう。

龍司くんはすっかり極道に足を染め、私はもう子供じゃない、完全に女になった。


寒い冬にプールに行って風邪をひいて、昔のように彼に包まれて眠りについたあの日。
それからはなぜか一緒に寝るのが暗黙のルールのようになり、まるで恋人のようなおかしな兄妹になっていた。




「もう今日は出歩くんやないで。先に寝とけ。」


そう言って龍司くんは私を家に送り届けて再び仕事に向かった。

ソファーに腰を下ろしテレビのスイッチを入れる。人気の俳優が出ているドラマが映しだされたけど前回を観ていないのであらすじがわからない。

携帯を開き着信履歴を見る。龍司くんと記されている以外の電話番号はすべてバイト先からで、電話帳に至っては龍司くんひとりしか登録されていない。


ふと、神室町の自室でぼんやり天井を見上げていた自分が重なる。
あの頃のように身体は痛くないし心も痛くない。
けれど今自分の置かれている状況は緊張感は違えど同じような気がした。


「極道の人って独占欲が強いのかな…」


傍にあった手鏡に自分を映す。もうすっかり消えてなくなった所有印のような痣。今の私はもう誰のものでもないはずなのに誰かのモノでありたいと思うのは、幼い頃に母親に置いて行かれた寂しさからだろうか。

今こうして兄といえど私の行動を制限してくれるのを心地いいと感じてしまう自分はおかしいのかもしれない。


龍司くんのいないベッドはやけに広く見える。
私は枕を抱え壁際に寄って眠りについた。






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