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□恋する狂犬U-5
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「どっか行きたい。」



は?と龍司はあきれた顔でハルを見た。
あいかわらず先日クレーンゲームで取ってやったぬいぐるみを抱いてベッドの上でごろごろしている彼女がそう言うのは今日で何回目だろうか。



「昨日も出かけたやろが。」
「んー。今日もどっか行きたい。」



ある時は蒼天堀でショッピング、またある時は遊園地や水族館、串カツ屋にも連れて行って正直クタクタだ。


「ねー、どっか行こうよ〜?」



龍司の金色に染めた眉がぴくりと動く。


「お前なあ!毎日毎日遊びに行くんもええ加減にせえっ!!!そない毎日暇なんやったら仕事せえや!働かんかぃっ!!!」



「あ、プール、プール行きたい。どっかないの?温水プール。」
「オラァァァッ!聞いてんのか人の話っ!!」



突如龍司の視界が黄色に染まった。

ぽとりと落ちたそれはさっきまでハルが大切そうに抱きしめていたぬいぐるみ。
さらに眉を吊り上げた龍司は思わず胸倉をつかみたい衝動をさすがに女相手に手は出せないと必死に落ち着ける。



「働かんでいいって言ったのは龍司くんじゃん!!そういうならすぐにでもバイト探してくるけどっ?!」



ハルの言っていることは正しい。
龍司の部屋に居候しだして数日が経った頃、そろそろ部屋を借りて仕事を探そうとバイト雑誌を見ていた矢先、帰ってきた龍司に破り捨てられたのだ。


「あーっ!!ちょっとなにすんのよ!!」
「アホ、バイトなんかせんでええわ、そんな働いてなにが欲しいねん。」
「は?なにが欲しいとかそういうのじゃなくて。いつまでもここにいるわけにもいかないし…。」
「なんや、また東京戻るつもりなんか?」
「…ううんそれは考えてないけど。とにかくどこか住む所みつけなきゃ。」



ぐい、と目の前に突き出された黄色いビニール袋に入っているのは昨晩話していたシャンプーとコンディショナー。
「私の髪、龍司くんのにおいがする〜」
髪を乾かしていたハルが何気なく話した台詞に不覚にもキュンとした龍司は残り少なくなっていたそれの替えを買ってきていたのだ。


「なに?」
「見てわかるやろ。二人で使こてるとなくなるんも早い。切らさんように買うてきたんや。」



ふふふ、とハルが笑う。



「なんか同棲することになった恋人同士みたい。キュンってした。」


「…アホか、わしら兄妹や。」





同じように胸をときめかせた事を素直に喜べないその理由は、もちろん二人が【兄妹】だからである。誰よりも近いところにいられるかわりに恋愛感情というものを持ちこんではいけない。少々過剰なスキンシップでさえ拒否されない立場なのにそこには【兄妹】としての愛情以外持ち合わせてはいけない。





「ハルがここにおりたないって思うまでここにおったらええ。部屋なんか借りんでええ、な?」


大きな手の平で彼女の頭を撫で、そのまま頬に触れる。
安心感からなのか無防備に目を閉じるハルの小さな唇を親指でなぞりたいと何度思っただろうか。




突然姿を消し、そしていきなり目の前に現れたハル。最後に見たのは高校生の頃だったか、あの頃に比べるとずいぶんやつれた風に映った彼女は、埃をかぶっていた龍司の心の奥にしまっていた気持ちを簡単に引きずりだした。


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