緋色の鎖
□第十七章
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それは終戦間際。
まだ、高杉が隻眼となる前の事。
多くの同士達が死んでいった。
屍の道を歩いてもなお成し遂げたかった想い。
その道すらももう、閉ざされようとしている。
幕府の中核を天人に掌握されてしまった今、自分達の敗北はほぼ決定付けられていた。
「・・・なぁ」
もう既に、刀を振るう力すらも捥がれ廃屋の隅へと身を寄せていた時、小さくそれは呟かれた。
消え入りそうな声だったけれど、それを聞き逃すハズは無い高杉は、同じく呟くように返す。
「・・・なんだ」
「・・・最近の俺な・・・おかしいだろ?」
「おめぇがおかしいのはいつもの事だろうが」
「本当ムカつく野郎だなおめーは。・・・そうじゃなくてよ。・・・戦ん出てる時」
「・・・」
その問いかけの意味。
問い返さずとも初めから気付いていた。
気付いていても、気付かぬフリを通した方が賢明だと考えていた。
しかし。
沈黙を肯定と捉えたらしい銀時は小さく溜息をつき、背を預けていた壁に更に体重をかけ腐りかけた木製の天井を仰ぎ見た。
「”アイツ”が、動いてんだよな」
「そんなもん俺の知った事じゃあるめぇよ。・・・おめぇじゃねぇなら、そうなんじゃねぇのか」
「・・・今まで、表に出る時は声かけてきてたんだがな」
高杉は目線だけを隣に座る銀時に向ける。
ぼんやりと天井を見詰めたままの横顔からはその心情を察する事は出来ず、直ぐに正面の扉へと視線を戻した。
「最近戦場に出た記憶がねぇ。問いかけても応えやがらねぇし。何か知らねぇ?」
「何度も言わせるな。知らねぇと言ってんだぜ、俺ァ」
「オイオイ。おめぇら仲良かったんじゃないの?」
確かに。
今よりも遥か昔。
まだ先生が生きていた頃、迫害によって殺されかけた銀時を命からがら救い出した時。
初めてあったもう一人の”銀時”は友好的に接してきた。
だがそれも片手で数えられる程で、最後に話したのは先生が死んだ直後だ。
友好的というのも他の子供達に比べたらというレベルで、ましてや親しいとはとても言い難いような会話だった。
その僅かな会話の中で高杉が感じて理解したのは、もう一人の存在が銀時に強く依存している事。
そして何よりも、銀時に接する肉体を持つ存在に対して、深い嫉妬と憎悪にも似た感情を秘めているらしい事だった。
だが依存しているのは銀時も同様。
だからこそ今まで高杉はその事を口にしなかったし、直接的な害にならないならばと知らぬフリをした。
しかし。
ここ最近、戦場で見せる銀時の異常なまでの殺戮行動を不振に思った高杉は、直ぐにその中の存在が原因だと合点がついた。
それでも銀時が気付いていない以上それを口にする事は無かったが、広まり始めた銀時に対する同士達の疑念はもはや収拾が付かないまでに広がっていた。
「・・・俺はよ。あいつには感謝してもしきれねぇと思ってんだ」
「そうかよ」
「あいつが居たから、俺は今も生きてる。・・・でもよ」