創作 肆
□身八口の刃
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反抗期か?という茶化すような誰かの声でさえ、私の神経を逆撫でするには充分で。
キッとつり上がった瞳でそいつを睨みつければ、へらへらとだらしのない相好は息の詰まる音と共に瞬時に引き締められた。
怯えて、それから自分の不甲斐なさを陰口という手段で人の所為にするくらいなら初めから言葉に出さなければいい。
それが滑稽だということに、どうして気づかないのか。
同じ空間に在るという事実さえ煩わしくて、私はあからさまに溜息を吐いて見せると着物を手早く捌いて居間を出た。
「雪麗」
「・・・なに?」
底冷えの寒気と床の軋みがどことなく愁いを生む人気のない廊下。
「ぬらりひょん・・・」
声をかけてほしくなかった。
理由の分からぬ怒りは今、彼を遠ざける事由にはならない。
「居間に言ったら触らぬ神に祟りなしと聞いてな。なにかあったのか?」
「・・・だったらなに?」
可愛くない、そう思っても止められなかった。
「雪麗ーーー」
「ッ、他の女の匂いがするその身体で触らないでッ!!」
刹那、乾いた音が響く。
「あッ、ごめ・・・」
上座がぽっかりと空いた夕餉の席。
シン、と静まり返った部屋。
何かを確かに欠いた屋敷の温度。
“他の女の匂い”と、どうして“私”と分別する言葉で吐いたのか。
「雪麗・・・」
簡単だ。
この人はどんな言葉を聞いても、どんな心情をぶつけても必ず受け止めてくれる。
そうと知っていて、利用する私の想念もきっと・・・。
「ぬらりひょん・・・」
自ら寄り添った衣からは、確かに女の香がした。
了