創作 肆
□風
1ページ/1ページ
「つらら、ボクらもそろそろ帰ろうか」
「はい!」
理科の授業がない日のリクオ様は、とても目が冴えていらっしゃる。
その上今日は、いつもならば山積みな日直や委員会のお仕事がない、とても珍しい日。
まだ日が高いうちに本家へ戻れるなんて、一体何日振りだろうか。
「久しぶりだね、こんなに早く帰れるなんて」
「え?・・・あ、はい!最近は文化祭の準備もありましたから、帰りはいつも陽が落ちてからでしたものね」
全く同じことを考えていたのだと、リクオ様の言葉に驚きつつ胸の辺りに生まれたきゅっとした疼きに私は小さく瞳を伏せた。
「そうだね、でもその度に本家の皆には心配をかけて・・・」
「リクオ様はお気になさらずともよいのですよ。毎朝必ず、その折カラス天狗様に報告しているんですから」
浮世絵町を警邏する三羽鴉だっているんだもの。
「・・・組の皆に心配をさせないように、ボクも強くならなきゃいけないね」
「な、何を仰っているのですか!それとこれとは話が別―――というより、リクオ様は今のままでも充分お強く―――」
「ありがとう、つらら」
「ッ、」
こうして時折見せる、儚げな笑顔。
手を伸ばしても掴めない、空を切るようなこの感情のやり場を私はどこへぶつけたらいいのか。
「リクオ様・・・」
「さあ、帰ろうか」
「・・・はい」
神妙な面持ちで名前を呼ぶことしかできない私を、一瞬でいつも通りの笑顔を戻したお顔が封じた。
「・・・」
「今日は確か、鴆くんが来るんだよね?もう着いてるかな?」
この人の、この儚げな笑みも。
気にかけることしかできないと変わらぬ、平生の出来事。
「先程本家から連絡がありましたから、そろそろ着かれる頃だと思いますよ」
「そっか。じゃあ早く帰らないといけないね」
「ふふっ、そうですね。折角いらしていただいたのに肝心のリクオ様がご不在では、鴆様もがっかりされてしまいますから」
嬉々として酒を片手に本家の門を潜るも主の不在を知った薬師の気落ちした顔といったら、それはそれは気の毒で仕方ない。
疼く胸の痛みに知らぬ振りをして、脳裏に浮かんだ今晩の主の酌の様子に思考を巡らせた。
力が欲しい、なんて私も同じだ。
貴方の心を惑わす思惑を取り除く、確かな言葉が欲しい。
貴方が躊躇うこと無く踏み出せる、確かな感覚が欲しい。
「リクオ様、」
全てが伝わらなくても構わない。
ふと不安になった時、振り返り安堵出来る微笑みを。
迷わず歩める背中の一押しを。
己であることの、誇りを。
伝えられる自分で在りたい。
「さぁ、行きましょう!リクオ様!」
「ちょ、待ってよ!ッ、つらら!!」
了