創作 参

□お伽噺
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“雪女〜!”

“わ、若ッ・・・待ってください!”

“早くしないと捕まっちゃうよ!”

“ですがッ、も・・・息がッ・・・”


風を切り、小さな背中を追いかける。

だが、もう少しで追いつける―――そう思った刹那。


「ヒッ、!!」


脇の茂みからしゅるりと伸びてきた“何か”。

それは、ヒトのものではない―――“手”。


「―――ッ、!!」






ハッとして、つららは目を覚ました。

ぱちぱちと瞬きを繰り返し、呼吸も忘れ暫し呆然としているとやがて辺りを見渡し、そこが燦々と輝く太陽から背を向けた緑陰であることを知る。

静かに吹く風が、ふわりと髪を掠った。


「ゆ、め・・・?」


ここは見慣れた庭先。

腰掛けているのは縁側。

そしてそう口にした瞬間
、つららは腕の中の微かな重みに気づくのだった。


「あ、」


すやすやと安らかな寝息を立てながら、小さな指先でしっかりと母親の着物を握る赤子は、生まれたばかりの我が子。


「・・・」


あれはそう。

主が四つくらいの頃、屋敷の小妖怪達を交えて隠れん坊をしていた時のことだ。

幼い彼に手を引かれ、鬼である小妖怪から必死に逃げていると、突然植え込みから飛び出してきた手。

あまりにも突然で、そしてあまりにも唐突なその出来事に、驚いたつららは小さな悲鳴をあげながら勢いよくその場に尻餅を突いてしまった。

するとその拍子に、均衡を崩した身体が大きく傾ぎ、咄嗟に突いた膝が強く地面を擦る。

逃げることばかりに気をとられ、注意が散漫になっていた結果だ―――と、ここまでは笑い話で済むはずだった。

だが問題は彼女の主、リクオにあったのだ。

遥か遠くまで駆けていた彼はつららのそれを見た瞬間、血相を変えて飛んできた。

そして彼女の足元を認めるなり、茂みから手を出した小妖怪を責めたのだ。

もちろん鬼である小妖怪は鬼としての役目を果たしただけであるし、対するつららもうっすらと血が滲んでいるものの怪我自体大したことはなく何度も平気だと笑ったのだが、いつまで経っても不満そうに唇を尖らせる主に、道筋を立て道理を説くには多大な時間を要したのだった。






「ふふっ」


そんな懐かしい記憶が未だ夢として上ることに、つららは幸せを覚えた。

あれほど小さく、己の感情に真っ直ぐだった主が今は立派に組の長となり、数多くの仲間を従えている。

そして―――。


「ぅ、・・・」

「・・・あら」


それまで静かに眠りに就いていた我が子がいつの間にか眉ねを寄せ、短く声をあげるからつららは柔らかく微笑んでそっと話しかけた。


「そろそろお腹が空く頃かしら?」


視線を巡らせた先の壁掛け時計を見遣り、支度をしようと立ち上がったその時。


「つらら」


深い藍色の羽織を纏った青年が、玄関先から姿を現した。


「リクオ様!」

「ただいま、つらら」


手を使わず縁で器用に下駄を脱ぐと彼はつららに笑みを向け、そして彼女の腕の中を覗き込み、小さな息子と目線を合わせる。


「ただいま」

「今起きたばかりなんですよ?」


ずっとお昼寝をしていて、とつらら。


「そうなんだ?」

「ええ。まるでリクオ様がお帰りになることが分かったように―――」


ぐずり出す寸前の寄せられた眉は何処へやら、甲高い声をあげ楽しそうに父親へと手を伸ばす姿につららは笑顔を浮かべた。


「思っていたより早く終わったよ」

「そうですね。―――どうでしたか?シマの様子は」

「うん。一応、青や黒には説明したんだけど、やっぱりそれぞれ昔からの慣わしを尊重したいっていう気持ちもあるから・・・引退した幹部にも話を聞こうと思ってるんだ」

「・・・そうですね。それがいいと思います」

「つららが言った通りだったよ。意固地になっているのは外面的な部分で、本人はただ自分達のシマを―――」






いつかまた。

今日をあの日のように振り返る時が来た時は。

その時は―――今日のように、笑っていたい・・・。








 

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