創作 参

□霖雨
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「・・・つらら、これ―――」

「おい、雪女!酒が足りんぞ!」

「は、はいッ、只今!」

「雪女、こっちに来て酌をせい!」

「はい!」

「・・・」


ふわりと、香った香りに反射的に伸ばした手は虚しくも刹那に空を切る。

今はもう、自分に背を向け酒精に頬を染める男らへ満面の笑顔を向けていている彼女を、リクオはただ呆然と見つめるしかなかった。


「リクオ様、酌ならば私が―――」


そう言って、傾けた徳利で小気味よい音を鳴らしたのは、淡い笑みの下に確かな苦笑を隠した首無。


「・・・悪いな、首無」

「いえ。しかし、つららも考え物ですね。リクオ様のお相手もせずに、ああして給仕に徹しているとは・・・」


女手ならいくらでもあるだろうに、と不満げに呟く首無を、それでもリクオは首を静かに振ることで制した。


「構わねぇよ。・・・今日は遠方からの客も多いからな」


酒気の満ちた広間を見渡せば、正直名前の浮かばぬ顔触れもちらほら。

リクオは静かに猪口を傾けた。


「・・・確かに。ここだけの話、つららの接待による風評は後々もよく耳にしますからね」


首無は、当然それを知悉しているだろう主の顔色を見ずに言う。


「いい側近をもった、そう思えばいいんじゃねぇか?首無」

「・・・」


リクオは淡い笑みを浮かべて言った。

だが、なぜそこで自分に振るのだと、よい意味で主従の関係を越えた主に対し首無は訝しげな視線を向ける。


「・・・お気づきかとは思いますが、百物語組の一件で、リクオ様が人間の娘を本家へ連れて以来―――」

「あぁ、流石にな」


遠慮がちな首無と、彼の言葉を遮るように瞳を伏せたリクオ。


「リクオ様にそのようなお考えがなくとも、生憎時期が時期でしたから・・・その上、根本的な結束力も試されていた頃です、親しくされているご学友―――本家の者も周知している清十字団ですね、彼らならばまだしも・・・あのような娘一人だけとなると・・・」


本人の思惑に反し、やたらと事を大きくしたがる連中もいる。

況してやかつてない危機的状況に、噂を聞き付け遥々遠来した組員もいたのだ。

そんな中で“人間”の娘を―――それもたった一人だけ―――屋敷に連れ帰り匿ったとなれば、噂好きの者でなくとも不思議に思うのは当然だった。


「・・・差し出がましいようですが、あれからつららのほうもリクオ様から一線を引いているように見えますし・・・」

「・・・毛倡妓が言うならそうなんだろうな」

「・・・彼女だけではありませんよ。実際、状況を把握しきれていない組員の中には、ここぞとばかりに総大将へつららの輿入れを願う者もいると聞きます」

「・・・」

「リクオ様。今だからこそ、きちんと話されてはいかがですか?組の者にも、・・・もちろん、つららにも」

「・・・」


彼なりの、精一杯の助言なのだろう。

それでも対するリクオはただ黙ってゆらりと揺れる清酒を見つめていて、そして終にその口から言葉が紡がれることはなかった。






「申し訳ありませんでした、リクオ様。・・・首無から聞きました。宴の席とはいえ、あのように給仕にばかりかまけてしまって・・・」

「いや、反って褒められたことだと思うぜ。主の招いた客の持て成しは、側近の仕事として当たり前のことだろう?」

「ですが・・・」


夜半。

寝床を整え終えたかと思えば、いきなり頭を垂れる彼女に寛大な振りを続けていたリクオは心中で舌打ちを繰り返した。


(首無・・・)


「偶然空になったところにあいつが通り掛かっただけだ、気にするな」

「・・・」

「・・・」


だが、言い終えてしまえば息苦しいほどの静寂が辺りを包む。

弁解―――否、本当の気持ちを伝えようとすればするほど、本能が拒絶を恐れて安全な道を選ぶことをリクオは知っていた。

先から、口を突いて出る言葉は綺麗事ばかり。

本当に伝えたい想いが、上手く言葉にならない。


「つらら―――」

「あ、あのッ・・・私、そろそろ失礼します!」


言いかけたところで、時機よくつららが立ち上がった。


「つららッ、」

「―――ッ、離して・・・ください!」

「待て、つららッ」

「・・・さ、先ッ、・・・家長からリクオ様へお電話がありました。・・・酣でしたがお客様と談笑されていたので、取り込んでいると伝えたら・・・またかけ直すと・・・」

「・・・」

「―――ほ、本当にッ、・・・本当に無事でよかったですね、彼女。・・・給仕に回った先で言われたんです、・・・未来の、奥―――」

「つららッ!」

「痛ッ、・・・リ、リクオ様?」

「・・・」

「あ、の―――」

「好きだ、つらら」






長い時をかけて愛を説こう。

二人長い時をかけて、ここに辿り着いたように・・・。








 

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