創作 参

□この身を濡らす涙雨
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それは近親、そしてごく親しい友人らが招かれた。

そして、そんな数少ない招待客の一人に自分が選ばれたことを、彼女はただただ喜んだ。

―――けれどもこの日、彼女はそれを酷く後悔することとなる。






「う、わ・・・」

「目・・・目がッ、あの人、目がッ・・・!」

「島くん!!君は実に勉強不足だね!あの方は一つ目入道といって、数多くいる妖怪の中でも比較的知名が高い妖怪なんだよ?まぁ俗説ではタヌキやキツネが化けたと言われる―――」

「あッ!奴良だ!」


その時、唐突に得意げな清継の言葉を遮ったのは彼の隣に立つ沙織だった。

そんな彼女の声に、側にいた夏実やカナ、そして島と僅かに不服そうな顔の清継が振り返る。

すると彼らの耳に、不意に低い音吐が響いた。


「おめでとうございます、三代目」

「おめでとうございます、三代目。我々幹部一同、組の益々の発展をお祈りし、心からのお祝いを―――」

「どうした?一つ目」


ふと、慇懃に頭を下げる一つ目入道に袴姿の男が小さく笑った。

その様を、額に汗を流した算盤坊がちらりと見遣る。


「・・・なに、三代目にはこの婚礼を機に、更に奴良組の力を大きくしてもらわなくてはなりませんからな」

「心配しているのかい?」

「・・・ご冗談を。ワシらが信じたリクオ様ですぞ?万が一にも、我々幹部が危懼せにゃならんようなことは起こり得ないはずですがね?」

「ハッ、やっとお前らしくなったな・・・一つ目」

「・・・そいつはどうも」


袴姿の男―――奴良リクオの目を見ずに、一つ目は外方を向いて渋々といったように吐き出した。

その横で、心落ち着かぬ様子で視線を動かすのは彼の仲間である算盤坊。


「これからも、オレにはお前らの力が必要だ。だから改めて奴良組三代目としてお前らに頼みたい。―――これからも奴良組の幹部として、宜しく頼む」

「はい、三代目」

「・・・ワシらの組でもありますからな」


そう言って去っていく二人の背中を、リクオは穏やかな眼差しで見送っていた。


「奴良・・・」

「リクオくん・・・」


そして、“良い奴”と一括りにするにはあまりに突飛な世界に在る友人の姿に、清継達は呆然と呟く。


「―――リクオ様、姐さん!」

「猩影くん!」

「あ・・・本日はお招きくださりありがとうございます。お二人には益々のご健勝とお喜び―――」

「おいおい、お前まで・・・堅苦しい挨拶は無しだぜ、猩影」

「そうよ、猩影くん。畏まった挨拶はこの間の寄合でお終い」


謹む猩影を目の前に、リクオとその横に並んだ着物姿のつららが顔を見合わせて微笑んだ。


「ふふっ」

「・・・綺麗です」


言い淀む猩影を察し、つららが小首を傾げ笑みを向ければ彼は頬を微かに朱に染めそれでも素直に頷いた。

そこに、努めて潜められた憂い。

それに気づく者はいない。


「幸せになってください、つららの姐さん」

「・・・ありがとう、猩影くん」


去って行く大きな背中を見送るつららの肩に、静かに温もりが触れた。


「背、高いねぇ・・・」

「何センチあるんだろう」


そして、そんな二人から距離を置く清十時団の面々は各々自由な発言を繰り返す。


「でも・・・及川さんとさっきの男の人、親しそうだったね」

「及川さぁ〜〜〜ん」

「まだそんなこと言ってるのかよ、島」

「つららちゃんはもう人妻だよ〜?」

「・・・夏実、なんかその響き・・・」

「え?」

「あ、また誰か来た!」


沙織の声に、またも一斉に振り返る彼ら。


「あ〜、つららだぁ♪」

「あら、馬頭丸!」


パタパタと廊下を小走りでやって来たのは、牛鬼組若頭補佐。


「うわぁ、綺麗だね〜、つらら」

「ふふっ。ありがとう」

「ハッ、馬子にも衣装だな」


そしてそこで、お決まりのように茶々を入れるのは牛頭丸だった。


「ちょっと・・・どういう意味よ?」

「どういう意味も何も・・・馬子にも衣装って言ったら一つしかねぇだろうよ」

「なッ―――」


絶句したつららに、焦ることなく馬頭丸がのほほんとした声をあげた。


「まあまあ、牛頭丸。そんなにつららが綺麗だからって、照れ隠しはもっと上手くやらないと―――」

「は・・・はぁ!?お、お前ッ、俺がいつ、・こんな奴を綺麗だなんて―――」

「相変わらず人の気持ちも考えないで・・・最低ね!!」

「―――ッ、ほら見ろ。こんな女に似合う衣装なんか―――」

「・・・我が身にまといし眷属―――」

「げ」

「お、おい・・・つらら?」

「離してください、リクオ様ッ!」

「ほら、行くよ!牛頭丸!」

「あ、待ちなさいッ!」

「ハッ、待てって言われて待つ奴がいるかよ」

「だからもうやめなって!」

「痛ッ」


ずるずると引き摺られながら挙式の行われる広間へと移動する牛鬼組の二人を、冷めた目で見つめる二人がそこにいた。
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