創作 参

□次に空が晴れたとき
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悲観しているわけではない。

ただ時折、似通う境遇にあった母親の面影を思い出してはあの時の言葉が脳裏を掠めるだけ・・・。


“いい!?何代かけても、あの人の唇を奪うのよ!!”


「―――あ、河童。悪いけど、少し掃き掃除をするから埃が舞うわよ」


庭の池からひょこりと半分顔を出していた河童に、つららは声をかけた。


「はいよ。ところで雪女、あの若の幼なじみの子、まだいるの?」

「ええ、いるわよ。夏休みの宿題ですって」


手にした竹箒で寄せ集められた雑草を掃きながら、彼を見ずにつららは淡々と述べる。


「ふうん。百物語組の一件以来よく見かけるようになったよね、あの子」

「そうね。でも元々ご学友の中でも特に親しい間柄であられたし、リクオ様が奴良組三代目であることが知れた今、彼女の出入りを憚る意味もないんじゃない?」

「まあ、そうなんだけど・・・」

「ねぇ、河童。話序でに、ちょっと頼み事があるのだけれど・・・いいかしら」

「なに?」

「掃除が終わったら買い出しに行きたいの。でも若菜様はご近所の会合に出られているし、毛倡妓の姿も見当たらないし・・・悪いけれど、若菜様が戻られたら私が出ていることを伝えてくれないかしら」


申し訳なさそうに首を竦めるつららに、河童は一つ頷いた。


「家長―――、・・・お客様へのお茶出しは済んでいるから」


あとはリクオ様がご自分でなさると思うわ、と言って彼女は袖を括っていた襷をしゅるりと解く。


「伝えておくよ」

「よろしくね」


そしてくいくい、と足元で小さく自分の着物の裾を引っ張りながら己を指差す3の口を見て淡く微笑み、3の口もよろしくねと微笑みかけてつららは庭を後にした。

その後ろ姿を、言葉を発さぬ河童が見送っていたことを彼女は知らない。






「あとは大根と、生姜と・・・」


手にした紙切れと店内に並ぶ野菜を交互に見つめながら、つららは手際よく食材を選んでゆく。


「奴良さんとこの、今日も暑いねぇ」

「こんにちは、ご主人。そうですね、あまりの暑さに溶けてしまいそうです」

「ハハハッ、全くだよ」


溶けて、という言葉は強ち過大表現ではないのだが、細かなことを気にせぬ八百屋の店主が豪快に笑い声をあげるものだからつららも一緒になって笑みを浮かべた。

“人”と接することも素直に、楽しいと思う。


「これをください」

「はいよ!」






「よし、これで終わり!」


客間に用意された机の上に広げた課題を眺め、家長カナは安堵の溜息を吐いた。

ふと視線を投げた先、唐紙の向こうには橙色の空が広がっている。


「やっぱり誰かと一緒にやると捗っちゃう」


筆記用具を可愛らしい筆箱に仕舞いながら、カナは嬉しそうに呟いた。


「本当だね、まさかここまで進むとはボクも思ってなかったよ」

「リクオくんの教え方が上手いからよ」

「そんなことないよ、カナちゃんだってボクが分からなかった所を―――」

「・・・ねえ、リクオくん?」

「なに?カナちゃん」

「また、・・・遊びに来てもいいかな?―――あ、もちろん、宿題を一緒にねッ―――」

「いいよ」

「え?」

「ボクもカナちゃんのお陰で捗ったし、また一緒に勉強しようよ」


にっこりと、優しげに微笑むリクオにカナはゆっくりと頬を染める。

そしてこくりと小さく頷いた。


「ありがとう、リクオくん!」






と一方その頃、一人買い出しに出ていたつららが帰路で出会ったのは―――。


「姐さん?」

「―――猩影くんッ!?」

「ああ、やっぱり姐さんだ」


呼び止められ、振り向いたそこにいたのは。


「お久しぶりです、つららの姐さん」

「久しぶり・・・って、本当に久しいわね」


相変わらず見上げるほどに高い身長の彼を見遣り、つららは唖然としたように呟いた。


「買い出しですか?」


彼女の手に握られた大きな袋を眺め、猩影は問い聞く。


「ええ」

「お一人で?」

「そうなの。若菜様は近所の会合に出られていて、毛倡妓に付き合ってもらおうと思ったのだけれど・・・」


見当たらなかったのよね、と笑えば猩影は小さく苦笑してふと身を屈めた。


「あ、―――」

「運がいいな」

「え?」

「あ、いえ・・・こっちの話です」


猩影は首を傾げるつららに柔らかな笑顔を向けると、彼女から奪った買物袋をひょいと担いだ。


「あ、猩影くん―――」

「持ちますよ。それより姐さん、このあと少し時間ありますか?」

「え?」

「寄り道していきませんか?―――この暑さだ、溶ける前に休憩しないと」

「なッ、猩影くん!?」

「ハハッ。あの声が聞こえたから、姐さんかなって」

「・・・ふふっ。なんだか恥ずかしいわね」

「でも強ち間違ってはいませんよ、なんたって姐さんは―――」


言葉にしない最後は、二人でどちらともなく笑い合った。

夕焼け空。

蒸し暑さの中にも時折舞う微かな風が、心地好い。
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