創作 参
□いつか、
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胸底に巣くう貪欲さを知った時、私は恐ろしいという感情を知りました。
「乙女?」
「―――ッ、は、はい!」
彼女にしては珍しく音吐を張り上げるから、僅かな逡巡の後に鯉伴は声を上げて笑う。
「珍しいな、何を深く考え込んでいたんだい?」
隣に在る自分を差し置いて彼女の脳裏を支配する意識への嫉妬の情を、彼は乙女の肩を抱き寄せることで無理矢理掻き消した。
「・・・」
「乙女?」
「・・・鯉伴様ッ、」
折れそうなくらいに細い指先が、きゅっと鯉伴の衣を握る。
胸元にそっと身体を寄せ、トクトクと静かに鼓動を刻む心音を乙女は伏せた瞳で聞いていた。
「何かあったのか?」
そんな彼の言葉に微かに首を振れば、頭上からそうかい、と小さな声が落ちる。
「鯉伴様・・・」
「うん?」
この世に“絶対”なんて有り得ない。
それは言葉にせずとも、これまでの人生で強く学んだことだった。
それなのに。
そう知っていて尚、どれほど強く言い聞かせても捩じ伏せられては屈せず這い上がるこの強固たる不安感はなんなのか。
乙女は言い知れぬ感情に恐怖さえ覚えていた。
全てが幻のような日々。
出会い。
惹かれ。
求めて。
結ばれて。
今、側に在る。
「・・・愛して、います」
「・・・本当に、どうしちまったんだい?乙女」
冗談混じりに笑い、けれども髪を梳く手つきは酷く優しくて。
微かに震える肩口に触れた温もりに、乙女は彼の衣を滴で濡らすことしかできなかった。
「鯉伴様ッ、」
「あぁ」
「愛しています、ずっと・・・ずっと」
今アナタに説ける、幸せを。
暗い闇。
呼ばれた声音を触れられた温もりを。
愛した想いを。
胸に抱いて今日もまた、私はこの場所に光を燈します。
「辛くなど、ありません・・・」
愛した気持ちを。
彼を。
忘れずに、いられるのだから―――。
了