創作 参

□背中
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「私と紀乃・・・ですか?」


夕餉のあと、人目を憚るように呼び出されたかと思えば、なんの前触れもなく飛び出した予想外な主の言葉に首無は調子外れな声をあげた。


「いや、しかし・・・特別お話しできるようなことは何も―――」

「いいんだよ、なんでも」


そんな彼に、リクオはしれっと言ってのける。


「な、なんでもと言われましても・・・ええと、そうですね・・・私は紀乃が―――彼女が九つの頃から知っていますし・・・聞けば彼女も、店へと出入りしていた義賊の私を記憶に留めてはいたようなのですが―――あ、あの頃は飽くまで立場上という意味ですよ?ですからそういう点で言えば、確かに昔から面識はありましたね、顔見知りと言いますか。・・・とは言っても言葉を交わすことは本当に稀でした、私があの場所に顔を出すこと自体そう多くはありませんでしたし、何よりあの頃彼女はまだ本当に幼くて・・・奴良組に入ってからは鯉伴様のお力添えもあって、二人でここまで来ることができましたが―――然してリクオ様、なぜ私にそのようなことを?」

「・・・どうしたら、首無や毛倡妓みたいになれるのかと思ってさ」

「・・・私と毛倡妓?」


苦笑する主に、首無は無い首を傾げた。

と言っても、宙に浮いた頭部が僅かに揺れただけだが。


「・・・時々分からなくなるんだ。・・・今のボクらの関係は、みんなが言うように、・・・本当にいいものなんだと思う。だけどボクは、つららを側近としてじゃなくて―――」

「・・・」


(なまじ主従の関係が強いと、下手に出られないというわけか・・・)


珍しく己の感情を吐露する主に、首無は心中頷いた。


「リクオ様はこの件、今すぐどうにかなさりたいとお考えですか?」

「・・・え?」


双眸を見開くリクオを、首無は真っ直ぐに見据える。


「今すぐにでも、つららと主従の関係を越えたいと・・・そうお思いなのですか?」

「ボ、ボクは―――」

「最も容易く、そして最も確実な方法は、つららに直接伝えることです。リクオ様の思っていることを、そのまま」

「・・・思っていること―――?」

「ええ。言わなければ何も伝わりませんから。私や毛倡妓がリクオ様の想いをつららに伝えれば、確かに彼女にあなたの気持ちは伝わるでしょう。ですがそれで満足ができますか?彼女が人伝であなたの想いを知り得ることを、納得できますか?」

「・・・」

「この件をつららの耳に入れることは簡単です、私が彼女にリクオ様の想いを伝えることも」

「・・・」

「・・・リクオ様次第ですよ。つららがどのように受け止め、どのような答えを出すのかは」


終始黙ったまま俯く主に、その時首無は酷く優しげな声音で説いた。


「ボクの、言葉で・・・」

「ええ」

「・・・分かった、」

「リクオ様?」

「なんとなくだけど分かった気がするよ、首無」


音吐は重くない。

そして次の瞬間、パッと上げられた主の顔に先のような色は残っていなかった。


「リクオ様」

「話してみるよ。・・・ちゃんと、つららにボクの思っていることを伝える」


追いかける背中はいくらでもある。

学ぶ背中も、多くある。


「ありがとう、首無」

「・・・いえ。取るに足りない私の愚説が少しでもリクオ様のお役に立てたのならば、それは本懐です」


わざとらしく畏まった言葉と口調はリクオから笑顔を誘い、そしてそれは彼の下僕である首無の相好までもを崩した。


「つららなら、夕餉のあと洗濯を抱えているところを廊下で見かけましたが―――」

「ありがとう!行ってくるよ、首無!」


首無の言葉を聞くか否か、リクオは脱兎の如く走り出す。


「リクオ様・・・」

「―――本当、初々しいわねぇ・・・」

「き、紀乃ッ!?」

「あら、なに?そんな懐かしい呼び名、使っちゃって」


柱の影から姿を現したのは、いつかの少女―――毛倡妓。


「・・・本当に、」

「・・・幸せなことよね。・・・こうして、今も私達はリクオ様を見守ることができるんだもの―――」






小さくなってゆく背中が、酷く眩しかった。








 

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