創作 参

□名付けるならば
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『―――母さんッ!!!』

『・・・あら、なぁに?帰ってくるなり騒々しい』

『どういう、ことだよッ・・・あいつを、・・・あいつをこの家から追い出したってッ!!』

『・・・あら、どうもこうも、そのままの意味だけれど?』

『なッ―――!!・・・どうしてだよッ!!・・・どうして、・・・あいつはッ、・・・あいつなりに一生懸命、母さんの役に立とうとしてッ―――』

『―――それが迷惑だって言ってるのよ。あの子のそういうところが』

『・・・か、母さん・・・?』


「ヒィィィッ!!!」


刹那。

本家の居間に、甲高い奇声が響き渡った。


「つ、つらら?大丈夫!?」

「へ?・・・あ、はいッ」


日曜日。

久々の―――清十字団の活動のない―――休日を満喫していたリクオは、テレビの前で顔面を蒼白にするつららを慌てて見遣った。

彼女が頓狂な声をあげた理由―――それは俗に言う、昼ドラ。

視聴率という数字の競争に奮闘する各局が受け手の対象を主婦層へと絞り、それらに関して興味や関心の高い話題を軸として番組を制作する。

そしてそれが功を成したこの番組は、即時放映中にも関わらず早くも休日の昼間に再放送を始めていた。


それに釣られたのが、彼ら―――リクオとつらら―――なのだが、純粋な彼女には少しばかり刺激が強すぎたのだろう。

恐ろしいほどに侮蔑に歪んだ女優の笑みが画面に浮かぶ度、つららはびくりと身体を震わせるのだった。


「ニュースでも見ようか?」

「い、いけません、リクオ様!」


リモコンを掴んだリクオの腕を、つららは半ば乱暴に掴む。


「今や巷は専らこの話題で溢れ返っています!」

「ち、巷って・・・」


確かに街中にでかでかと貼られたポスターの下、行き交う人々の話題は大半がこの番組に関することだった。

が、少々大袈裟すぎやしないか。


「学校で話題に乗り遅れても困ります!」


確かにリアルタイムの放映が平日の真昼間だったにも関わらず、中学校の休み時間にこれらの話題が上るというのは言わずもがな、学生らがこの再放送を見ているからなのだろう。

必死の形相で力説するつららにリクオは曖昧に頷いた。


「分かったよ、つららがそこまで言うなら―――」

「あら。二人とも、また見てるのね?」

「母さん!」

「若菜様!」


スッと開いた唐紙を見遣り驚く二人を余所に、居間にひょこっと顔を出したのはリクオの母親である若菜だった。


「最近凄いわねぇ・・・」


卓袱台の上に湯呑みを置きながら、若菜は苦笑する。


「手伝います。学校でも驚くほどにこの話ばかりで・・・乗り遅れてはと見ていたのですが・・・」

「ふふっ、ありがとう。そうね、最近は買物へ行ってもよく耳にするわ」

「ボクは乗り遅れても構わないんだけどね」


若菜の微笑にリクオも苦笑した。


「いけません、リクオ様」


だが空かさず飛んだ言葉に、リクオは口を噤むしかなかった。


「でも、うちは心配ないわね」

「・・・母さん?」


にこにこと、常に笑顔を絶やさぬ若菜。

その柔らかな眼差しは、テレビ画面へと向けられている。


「ね?つららちゃん?」

「は、はい?」

「つららちゃんはとってもいい子だし、リクオには勿体ないくらいだわ」

「・・・ちょ、ちょっと、母さん!?これは嫁姑の―――」

「あら、つららちゃんはリクオのお嫁さんでしょう?」


違うの?と、至極平然と言ってのける母親に、けれども慌てたのはリクオだけではなかった。

脇で二人の話に耳を傾けながら笑みを浮かべていたつららも、不自然な挙動を繰り返す。


「わ、若菜様!?」

「つららちゃんがよければ大歓迎よ、むしろ私からもお願いするわ」


骨身を惜しまず甲斐甲斐しく主の世話をする側近の姿は、時に馴染みの幹部連中から“夫婦のようだ”と冗談を誘っているが今はそれの比ではない。

関係性で言えば、姑に認められたようなものなのだ。


「ね?だから心配いらないわ」

「か、母さん!」

「あら、いけない。雲ってきたわ!洗濯物を入れなくちゃ!」


俄に陰りの射した雲気に、若菜が立ち上がる。


「あ、私も手伝います!」

「ありがとう、助かるわ」

「今日は布団もたくさん干しましたものね」

「そうなの。予報では崩れないはずだったんだけど・・・」

「驟雨かも知れませんね」

「そうね」


互いに笑みを浮かべながら揃って居間を出てゆく二人を、リクオは唖然として見送った。

そして知らず熱を帯びた頬をごまかすように、立てた膝の間に頭を埋めて深々と溜息を吐く。


「・・・母さんが余計なことを言うから」


並ぶ二人の背中を。

睦まじいと見送った、じわりと温まる胸をリクオは一人静かに感じるのだった。








 

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