創作 参

□それは決して消えることのない
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あの時、初めて“冷たい”と感じた。

あの時、私は初めて冷たさを知った。

喉元に当てた、刃の感触に―――。






一人きりの部屋、つららはゆっくりと自らの頸部に指先を這わせた。

未だ残る、切っ先の触れた箇所。

自刃の冷たさ。


「馬鹿ね・・・」


命懸けで自分を救おうとした主への、最期の仕打ちと呼ぶにはあまりにも残酷な択一。


「・・・」


守ると高らかに掲げた誓いは、為す術無い力の前では呆気なくも非力に破れ。

挙げ句その身は力に屈し、剰え捕われの身となった。

全ては守ると決めた主を誘き寄せるための罠。

贄。


「つらら」

「―――ッ、」

「・・・いいか?」

「あ、はいッ!」


障子に浮かび上がる人影が、格子越しの躊躇いがちな音吐を揺るがす。


「どうぞ」


つららは立ち上がり、そっと障子を開いた。

僅かな隙間から徐々に見えてくるのは見慣れた銀鼠の髪。

妖姿のリクオだった。


「何か、用向きですか?」


音を立てぬようにそっと格子を滑らせ、主の背中につららは問い聞く。

思えばこうして二人で改めて向き合うのは、京から帰還し初めてかもしれない。


「・・・怪我の具合はどうだ?」

「大丈夫です」


元来、人に比べ妖は治癒能力に長けている。

今ではもう、掠り傷一つさえ残ってはいなかった。


「リクオ様こそ、大丈夫ですか?」

「オレかい?・・・オレも大丈夫だ。てめぇも重病だっていうのに、鴆の奴が大袈裟なくらいに世話を焼いてくれたからな」

「ふふっ、そうでしたね」


それはそれは甲斐甲斐しく、付きっ切りで処置をしていた義兄弟。

様子を伺おうと近づこうものなら怪我人は大人しくしていろと端に追いやられ、彼の部下には首を横に振られた。


「側近としては複雑でしたが・・・」


と、わざとらしくつららが袖で口元を覆い視線を逸らせば、リクオは一瞬驚いたように瞬きを繰り返した。

けれどもすぐに口の端を僅かに上げる。


「言うじゃねぇか」

「ふふっ。冗談ですよ」


それはいつもと変わらぬ言葉の交わし合いだった。

あくまで自然のやり取り。


「・・・ありがとな、つらら」

「・・・」


主の視線は明かり窓の外を、側近は畳の目を捉えていた。


「これからも・・・よろしく頼む。つらら」

「は・・・はいッ!」






涙も、痛みも、叫びも。

感じた全てを背負って、この先を生きてゆく。

この身をあずけると決めた、彼の背中と共に―――。








 

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