創作 参

□月明かりと変わらぬ背中
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「・・・」


ここでいくら着物の裾を握りしめ、唇を噛んだとしても待ち望んだ答えが出てくるわけではない。

視線の先、月明かりを受ける縁で一人杯を傾ける彼の背中は広く逞くて、自分の知るその温もり―――触れた瞬間の体温に胸がチクリと痛んだ。


「つらら?」

「・・・綺麗ですね、満月」


側に静かに腰を下ろし、徳利を手に取る。


「・・・」


風の噂で聞いた、誕生日を迎えた幼なじみを馴染みの店に招きその時を共に過ごしたという主の噂。

翌日からの彼女の様子を訝しみ問い質した結果、言葉数少なくはぐらかされ続けた結果がそれ。

原因と結果。

事実を知った今となってはもう、どちらを知ることが幸せなのかつららには分からなくなっていた。

頬を染め、追憶に思想を巡らせる幼なじみの彼女。

あの姿が目に焼き付いて離れない。


「つらら、」

「―――ッ、!!」


ハッとして、その時初めて徳利を握る自分の手―――に重なる霜に塗れた彼の指先を知った。


「や、・・・リクオ様ッ、お手をッ―――」


つららは慌てて布巾に手を伸ばす。

が、それをリクオの手が止めた。


「大丈夫だ。それよりつらら、何か考え事かい?」

「え?」


即座にスッと心が冷えてゆく。

何度も呼んだんだけどな、上の空だった・・・と軽く笑う主から気まずくなって逸らした視線が宙を泳いだ。

聞きたいことならいくらでもあるのにその想いが言葉にならない、上手く口から吐き出せない。


「いえ・・・」


きっと煩わせてしまうから。

ほんの少し唇を噛んで、着物の裾を握りしめながら飲み込めばきっとこの想いは深くに落ち着く。

吐き出さずに済む。


「・・・役に立てないかもしれねぇが、話ならいくらでも聞けるぜ?」

「あ・・・」

「なんだい?」

「あ、いえッ・・・」


思わず飛び出しそうになる。


“どうして人間の家長を、化猫屋へ連れていったのですか?”


「なんでも、ありません・・・」


聞けない。

欲した答えを聞くことが怖い。


「つらら、オレは―――」

「お代わり、持ってきますね?」


にっこりと笑んで、つららは徳利と小鉢の乗った盆に手を伸ばした。

否、伸ばそうとした―――。


「つらら」

「―――ッ、リクオ様ッ!?」


伸ばした腕はそのまま彼に引かれ、身体は触れ合う距離まで隣り合う。


「リクオ様!?」

「・・・疲れたか?」

「・・・え」

「ここ最近色々と忙しかったからな。昼は昼、夜は夜で・・・ちゃんと休めてないだろう?」

「ッ、」

「悪かったな、気づけなくて」


そう言って、リクオはつららの頭を自分の肩口へと引き寄せた。


「―――ッ、リクオ様ッ、」

「休め、つらら」


ぴしゃりと反論を封ずるように、リクオは短く放つ。

そうすれば、主従という関係に重点を置くつららが何も返せぬことを知っているから・・・。


「リクオ様・・・」


けれど無理矢理ではないその優しさが、張り詰めた心を解きほぐした。


「・・・あの、リクオ様―――」






遠目に見遣ったあなたの背中がほんの少し、私の記憶と違っていたのなら・・・

吐き出す勇気を心に仕舞うことができたのに―――。






「どうして―――」








 

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