創作 参
□吹かぬ風
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浮世絵中学校、校舎裏―――。
「あのッ・・・あの、私ッ、ずっと奴良くんのことがッ―――」
「ごめん。オレ、そういうの興味ないから」
一陣の風と共に、詰め襟の制服を纏った少年は唐茶の髪を揺らしてそう言った。
陽光が、青々と茂った芝に二つの影を生み出す。
「あ・・・うん、・・・そっか。・・・分かった。ごめんね、ありがとう」
言葉を紡ぐ度に込み上げる涙を堪え、少女は最後に少しだけ笑って踵を返した。
無音になったその場所は、校庭の喧騒がよく響く。
やがて一人残った少年は、小さく息を吐きながら気怠げに頭を掻いた。
「さすが奴良くん。今月に入って何回目?」
「―――ッ、!?」
だが誰もいないと思っていたそこに突然声が鳴って、少年はびくりと肩を震わせた。
そして視線の先、大木の影から栗色がひょこりと顔を出す。
「・・・家長」
「ごめんね、覗くつもりはなかったんだけど・・・」
肩まで伸びた髪を風に揺らし、少女は苦笑して少年へと歩み寄る。
「何回目なんて・・・いちいち数えてねぇよ」
「それもそっか」
言っておいて、少女本人が大きく頷く。
「だいたいそう言うお前だって―――」
「私の場合は物珍しさよ。名前も知らない人から告白されても正直困るし・・・」
言って少女は眉を寄せる。
「そういうの、オレにはよく分からねぇけど・・・うちのクラスの奴らも言ってるぜ、さすが読者モデルって」
「だからそれが物珍しさなのよ」
少女は不満げに唇を尖らせた。
「でも凄いことに変わりはないだろ?読者モデルなんてそう簡単になれるものじゃないんだし」
「・・・うん。確かに読モ自体は楽しいし、将来はそういう道に進みたいとは思ってるけど・・・でも今は親の七光りって言われないように頑張るの!」
少年のクラスメイトである家長と呼ばれた少女は、母親を有名モデルに持ち、幼い頃から子役としてモデル業に励んでいた。
「それより、どうしていつも告白断っちゃうの?知らない―――か・・・今の子、結構人気あるんだよ?」
「・・・言っただろ、興味ないって」
少女の言葉を切り捨てるように、少年は短く答えた。
「・・・それにオレには、やるべきことが―――」
「あ、こんな所にいた!」
刹那。
少年の言葉を遮るように、二人に小柄な影が駆け寄る。
「あ、家長先輩!こんにちは」
「あなたは確か・・・奴良くんの妹、さん?」
「はい、先月から浮世絵中生になりました」
母親譲りの濡羽に輝く髪を靡かせた少女は、そう言ってぺこりと頭を下げた。
「どうした?」
「あ、そうだ。ちょっと・・・」
それだけで何かを悟ったらしい少年は、クラスメイトの少女から距離をとり妹の声を拾うため首を傾げた。
「緊急の寄合が入ったの。なるべく早く帰るようにって、カラス天狗様が・・・」
「寄合?・・・あぁ、分かった」
「あ、あとお母さんが怪我をして―――」
「は!?」
躊躇いがちな妹の言葉に、少年は詰め寄る。
「私は放課後、用があるから・・・」
「分かった」
言い終えるか否か、即座に鋭さを帯びた眼光を携え少年は振り返った。
「家長、悪いけど帰る」
「え!?部活は?」
「部長が生徒会だからこっちは自由だろ?適当に言っておいてくれ」
「え?・・・あッ、ちょ、奴良くん!?」
妹と共に校舎裏を後にする彼の背中を、彼女は唖然として見送った。
見送るしかなかった。
そんな彼女の周りを、ふわりと風が鳴る。
「興味ない、か・・・」
ぽつりと呟かれた言葉は、春風の囁きに乗って空高くへと舞っていった。
「ただいまッ、」
「あら、おかえりなさい」
「・・・え、・・・母さん?」
叩き割るような勢いで開いた門扉の先に、いつもと変わらぬ母親の姿があるから驚いた。
「ふふっ。どうしたの?血相変えて」
襟巻きを靡かせ淡く微笑む彼の母親―――雪女のつららは、肩で息を繰り返しあんぐりと口を開く息子にそう言った。
「怪我、は・・・」
「え?」
「母さんが怪我したって聞いて―――錦鯉で何かあったんだって・・・」
少年は呟く。
「怪我・・・?ちょっと待って、確かに今日は錦鯉に行ったけど・・・あ、怪我ってもしかして―――」
「つらら?」
ハッとして、着物の裾に手を伸ばしたつららの背後にその時、突然影が落ちた。
「父さん!」
「ん?・・・あぁ、帰ってたのか」
「うん、ただいま。それより父さん、母さんが怪我したって―――」
「・・・怪我?」
「違うのよ、ちょっと足を挫いただけ、掠り傷なの。怪我なんて大袈裟なものじゃないわ」
夫と息子の遣り取りに、つららは恥ずかしそうに首を竦める。
「え・・・掠り、傷・・・?」
「あぁ。洗濯を干している時にな」
どうしてこんなにも誇大になったのかと疑う彼を余所に、両親は思い出話を語らうように笑った。
「リクオ様がいてくださらなかったら危なかったです」
「あれでも十分危ないと思うのはオレだけかい?」
「まあ!」
「いや、つららが怪我をしないように守るのもオレの―――」
「あー、分かった分かった。惚気はいいから」
息子はうんざりしたように溜息を吐いた。
「ふふっ。じゃあそろそろ夕餉の仕度を始めましょうか、今晩は寄合だものね」
「そうだな」
「そうだ、父さん、寄合の前に少しいいかな?貸元先のことで聞きたいことがあるんだ」
「あぁ。オレもお前に話しておきたいことがある、・・・少し二人で話すか?」
「ふふっ。夕餉の仕度ができたら呼ぶわね?あの子もそろそろ帰ってくる頃だろうから―――」
「ただいまー!お母さん、怪我は―――」
了