創作 参
□それでこそ甲斐があるというもので
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「ハゥワッ!!!」
びくん、と身体を震わせつららは調子外れな声をあげた。
「リ、リクオ様ッ!!?な・・・なッ、なにを―――」
「・・・」
「―――あのッ、・・・え、・・・あ、リクオ様ッ!!?」
夜風と虫の美しい声が心を穏やかにする仲秋の夜。
そんな風情のある場所で、つららが一人素頓狂な声をあげている訳。
それは、観月をしたいと言う主に付き合い縁で酌をしていた彼女の身体を、背後から伸びた腕が強く抱き込んだからで―――。
「つらら・・・」
そして不意に耳朶に響くのは、僅かに酒精の香る熱を帯びた主の声音。
それにまた、つららは身体を震わせるのだ。
「よ、酔って・・・おられるのですか?」
「いや」
返答はすぐに返る。
「も、もうお休みになられてはッ―――」
言いつつ、つららは慌てて手にしていた徳利を傍らの盆に置いた。
けれども震えた手指は彼女の手元を狂わせ、カタッと小さな音を鳴らして無造作にそれを転がした。
だが終始、その中身が零れることはない。
満々だった清酒は、色なく彼女の着物を濡らしていたのだから・・・。
「なぁ、つらら」
「なッ、な、・・・はい!?いえ・・・な、んでしょうかッ?」
「・・・驚いたか?」
「―――ッ、!!!」
そう問い聞く彼の声は明らかな心情の働きを示していて、それが酔余の戯れ事でも不慮の事態でもないことを、無情にもつららに強く突き付けた。
「リクオ、様ッ・・・これは・・・、いったい―――」
煩く鳴り響く心音は脳髄にまで渡り、軽い目眩すら引き起こす。
「リクオ様ッ、腕を―――」
「・・・好きだと言ったら、どうする」
「・・・、・・・へ?」
誰が。
何を。
たっぷりと間を置いて、つららは呟くように吐いた。
「あの、リクオ様・・・?」
「・・・」
だが予想とは裏腹に、混乱を通り越してただただ唖然とするつららにリクオは軽く溜息を吐き出した。
「やっぱり突然すぎたか」
「あ、あの・・・仰っている意味がよく・・・」
だがそう言うつららの音吐は不思議にも、先に比べ落ち着いている。
それを理解の出来ない現実への無意識な回避行動だと、リクオは直ぐさま悟った。
けれど今更先伸ばしにする気も毛頭ない。
「オレはお前が好きだ、つらら」
叩き込むように、植え付けるように瞳を見つめて言い放った。
考えずとも済むように。
「・・・え?・・・え?」
「好きだ」
「え?・・・リクオ様が、・・・私、を・・・?」
「・・・あぁ」
リクオの顔色を窺うように言葉を呟くつららに、リクオは静かに頷いた。
いつから、と問われると困る。
思えば幼少の頃からそういう感情はあったのかも知れない。
当て嵌まる名を知らなかっただけで、確かな敬愛はやがて強い熱愛へと変わった。
ただ自分自身、自覚をするまで多少時間を要したが・・・。
「え、・・・?」
「お前はオレをどう思ってる」
「い、え・・・あの、」
「“主”ってのは、なしだぜ?」
ニヤリと笑んで先を封ずる。
彼女の想いを否定するわけではない。
ただその言葉だけは、できるなら聞きたくなかった。
「ッ、・・・あ、の・・・お慕い、申し上げて・・・おります」
「・・・あぁ、・・・そうだな」
「あ、あのッ―――」
「いや、いい」
それでもリクオは淡く微笑んだ。
唇を震わせるつららの髪を、酷く優しげな手つきで撫でる。
「理由があって話したわけじゃない。ただお前には、オレがお前をどう思ってるのか知ってほしかっただけで―――」
「な・・・、」
「考えてくれとは言わねぇよ」
「リクオ様ッ!!、あ・・・わ、私はッ―――」
「・・・困らせたな」
それは酷く儚げな表情をしているから。
声音を震せているから。
まるで、失うことを恐れているかようで・・・。
「リクオ様・・・、私ッ・・・、」
“雪女”
“・・・はい”
“この方が、奴良組三代目となられるお方―――奴良リクオ様だ”
“・・・リクオ、様”
仕えるべき相手と目の前に示された時から、つららの心は決まっていた。
それは盃を交わしたあの瞬間も、変わることはなく・・・。
―――未来永劫、お守りする。
ただ真っ直ぐに。
疑いも抱かず。
それが奴良組と、彼自身のためであるのだと―――。
「私は・・・」
「・・・つらら?」
顔を上げ、真っ直ぐに自分を見つめる側近にリクオは不思議そうに言った。
「私はリクオ様をお慕い申し上げております。・・・これからも、ずっと」
「つらら・・・」
「・・・優しくて、強くて・・・頼もしいリクオ様が―――」
やがてそれは緩やかに形を変えてゆく。
二人の―――。
“大好きです”
了