創作 参

□三日見ぬ間の
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「さあさあ、リクオ様の番ですぞ」

「・・・分かったよ」


笑みを浮かべながら急かす小妖怪達に不満げに唇を尖らせるのは、小さな身体を側の幹へと預けるリクオ。

二つの瞳を掌で覆うと、暇を持て余した爪先はコンコンと地面を蹴った。


「いくよー?・・・いーち、にー、さーん―――」

「聞くところによれば、近時は悪戯事が目に余るほどのものだとか・・・」

「持て余しているんだろう、雪女も」


(・・・?)


ふと耳に入った聞き慣れた名前に、リクオは数え立てることを忘れ首を傾げる。


「なんだかんだと言ってあれもまだ若い。名目は青田坊や黒田坊と違いないが、実質側で世話を焼いているのは主立ってあれだからな。何かあって責任を問われるのも雪女だ」

「そういえば、先も玄関で貸元先に頭を下げていたな・・・まあ大方、若頭のお遊びの度が過ぎたんだろうよ」

「あぁ。見かけない顔だったな・・・またそれが目を見張るくらいの偉丈夫でなぁ、見ていて不憫になったわい」

「雪麗の手前、嫌とも言えぬか・・・」

「余しているならいっそ早々に降りればよかろうよ。なにも若頭の子守なんぞに甘んじていることはない、あれほどの実力なら貰い手などいくらでもあるだろう」

「あぁ、お前だったのか・・・その件で総大将に打診したというのは」

「は、はて・・・ワシにはなんのことだかさっぱり―――」

「しらばくれるな、噂になっとるぞ?雪女の引き入れで抜け駆けをした者がいるとな」

「なッ・・・ワ、ワシは別にそんなつもりは―――」


男は慌てたように首を振った。

上擦った語尾に、彼を囲む組員達が嘲笑する。


(雪女・・・いなくなっちゃうの?)


断片的にしか理解できなくとも、それが大切な側近の彼女を指しているのだということだけはリクオにも容易に想像できた。


(嫌だ・・・ッ、嫌だよ、雪女!!)


「リクオ様!?」


突然走り出した小さな身体に、背後から小妖怪達の頓狂な声がかかる。

けれどリクオはそれに振り返ることなく、だひたすらに走り続けた。

求める姿を探して・・・。






「雪女ッ!!」

「ッ、・・・わ、若?」


びくりと身体を震わせ、洗濯の山に手を突っ込んだままのつららは裏返った声をあげ振り返った。

見ればそこには襖に手をかけ、肩で大きく息をしている若頭がいる。


「どうされましたか!?」


つららは慌てて駆け寄ると、彼が纏う着物の上からその小さな体躯に触れた。

怪我や傷―――ではないらしい。

とりあえず一息つく。


「若?」

「・・・ねぇ、雪女」

「はい?」


俯きがちにぽつりぽつりと呟く様子は、もう見慣れた。

つららは口元を緩めて頷く。


「はい?」


蹴った球が庭で茂る枝を浚っていったとか。

隠れん坊の延長線で客人の履物を拝借したとか。

今日はまた何をやらかしたのかと、つららは子供らしい主の言動に微笑ましい気持ちで小首を傾げた。


「リクオ様?」

「あ・・・ううん、やっぱりなんでもない!ねぇ、それよりそれ、ボクも手伝っていい!?」

「え・・・洗濯物、ですか?」

「うん!自分の分は自分で畳むよ!ボクもそれくらいちゃんと自分でやらなくちゃ!」


言うとリクオはつららの横を抜け、山になった洗濯へ手を伸ばす。


「そんなッ、若は外で遊んでいらっしゃって―――」

「いいよ!もういっぱい遊んだから!」


くるりと振り返る笑顔は子供らしい風貌。

けれどもそれに、つららは腑に落ちず眉を潜めた。

普段から炊事や洗濯をしている際に進んで手伝いを申し出てくれることはよくあるが、今日はいつもと何かが違う。

なんとなく違和感を感じるのだ。


「・・・ありがとうございます」


それでもつららは口を開くことなく、畳に座って慣れない手つきで衣と格闘するリクオにゆっくりと笑んだ。


「これを畳み終えたら終いですから、そうしたら一緒に遊びましょう?」

「え?雪女も遊んでくれるの!?」


つららの言葉を聞いた途端、リクオはぱあっと表情を輝かせる。


「えぇ。隠れん坊、仲間に入れてください」

「うん!じゃあボクから鬼だ!見つからないようにちゃんと隠れてね!」

「はい」


嬉々として話す彼の手元はぴたりと止まっていた。

それに静かに微笑して、つららは大きく頷く。


「納豆小僧も呼ぼう!」


洗濯を取り入れる際に見かけた彼の姿は、客間に程近い場所にあった。

今日は貸元先の来訪に珍しい顔触れがいくつもあったのだ。

先も遊戯の末に少しばかり迷惑をかけた客に詫びを入れたのだが、それはやんわりと断られてしまった。

子供らしくてよい、と。

元気であることの証、将来が楽しみだと―――。

そう言って、偉丈夫は高らかに笑ったのだ。






知らない場所で学び、知らないうちに成長を遂げてゆく。

問われれば、必要とされれば諭せばいい。

それが側近である自分の役目なのだから・・・。








 

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