創作 参
□第六感
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毎日近くで見ているから小さな違いなんて分からない―――そんなことを言う人がいるかも知れない。
けれどそれは私にとって一つの事由でしかなくて、どれほど側にいようと、いつだって、どんな小さな違いにも気づくことができる、気づかされる。
耳朶を掠める低音。
高く見上げるようになった背丈。
大人びた笑顔、然り。
そしてそれは、これからも変わることなく―――。
「リクオくんッ!」
板に付いたそんな呼び名も、彼女にかかればその一瞬一瞬が惰性を失ってゆくから。
「つらら」
返した声音が僅かに震えたような気がして、ボクはごまかすように笑顔を浮かべた。
「おはようございます!」
「うん、おはよう」
管轄地区に向かうと言って、早朝に屋敷を出た彼女。
それでも、これは今日二度目の“おはよう”だった。
「あ、おはよー、氷麗ちゃん」
「おはよう〜」
「おはようございます、巻さん、鳥居さん」
軽くウェーブのかかった髪に短めのスカート、緩めのセーターにトレードマークのマフラー。
つららは小さく手を振って、歩いてくる巻さんと鳥居さんにふわりと微笑んだ。
「おい、奴良〜、朝っぱらから見せつけるなよ〜」
「ねー」
「べ、別にボクはッ―――」
二人のいつものやり取りに、慌てて声を荒げる。
そしてそんなボクを、クスクスと笑うつららもいつものこと。
やがて“ほどほどにしておきなよ”と言い残し、巻さんと鳥居さんが教室へと入れば残されたボクは苦笑しながら頭を掻くしかなくて・・・。
「ごめんね、つらら」
「いいえ、謝らないでください。それに、お二人にはもう慣れてしまいましたから」
そう言ってつららは笑った。
中学の頃から変わらぬ彼女達の冗談半分の冷やかしに、今更ですよの声。
「それもそうだね・・・」
確かにあたふたと慌てる反面、またかと思う自分がいることもまた事実。
どうやら成長は、しているようだ。
「・・・リクオ様?」
「え?・・・あ、なんでもないよ」
珍しく明後日を見遣りボーッとするあなたに声をかければ、ハッとしたように首を振って、そして僅かな逡巡の後に小さく苦笑した。
そんな様を見て、ふと先の記憶が蘇る。
僅かに見上げるように、彼へとからかいの視線を向けていた巻さんと鳥居さん。
「・・・つらら?」
そしてこんな不意の問いかけでさえ、以前とは大分違って聞こえるのだから不思議だ。
「ふふっ。なんでもありませんよ」
「・・・本当に?気になるなぁ」
「本当です」
三代目を襲名し、その名を広く妖の世界へと轟かせることとなった主の近衛のために、私は彼の高校進学を機に自らも人間の姿をとり学舎に籍を置くようになった。
互いが側に在る分、正直余計な心配事まで増えたように感じることも否めないが、それでも視線を巡らせればいつもそこには望んだ姿があって、それはもう互いに欠かすことのできない存在であるのだと今更ながら改めて認識させられた。
「今日は体育があるから、休み時間に準備しておかないとね」
「はい、お手伝いします!」
「ありがとう」
大きく頷くつららに、ボクも自然と笑顔になる。
「先週の続きだからサッカーか・・・女子はテニスだっけ?」
「はい!リクオ様のご活躍、側近頭として確とこの目に焼き付けます!」
「だ、だめだよ、つららはつららの授業があるんだから・・・」
「いいえ!テニスよりも何よりも、私にとってはリクオ様の立派なお姿のほうが―――」
と、その時だった。
「おはようございます、リクオ様」
「―――わッ!・・・く、倉田くん?」
驚くくらいに近くで聞こえた声に、ボクは素頓狂な声をあげる。
「ちょっと青、急に出てきたらびっくりするじゃない」
突然背後に立った学友―――の姿をした青田坊―――に、つららが憤慨したように言った。
すると青は微かに肩を竦める。
「すみません」
「いや、大丈夫だよ。そんなことより珍しいね、青がここに来るなんて」
つららと違い、学校に在籍せず今も余所ながらの護衛を続けている青。
そんな彼がこうして屋上以外の場所に来ることは珍しい。
「どうしたの?ボクに何か用―――」
「そうです、若。ちょっと気になる話を耳にしまして・・・そいつ、奴良組のシマで度々目撃されているようなんですが・・・」
声の調子は変わらない。
けれど・・・。
「青。その話、詳しく聞かせてもらえるかな。―――つらら」
「はい」
毎日近くで見ているから小さな違いなんて分からない―――そんなことを言う人がいるかも知れない。
けれどそれはボクにとって一つの事由でしかなくて、どれほど側にいようと、いつだって、どんな小さな違いにも気づくことができる、気づかされる。
了