創作 参

□殺伐リメンバー
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「若ぁ〜♪遅くなってしまい―――ッ、!!?」


軽やかに鼻歌を奏でながらひょこりと主の部屋に姿を見せた制服姿のつららは、次の瞬間自分の目を疑った。


「ハゥワッ!!!い、い、い、家長―――!!?」

「及川さん・・・」


極限まで飛び退いたつららに、部屋の中央で正座をしていた家長カナが小さく呟く。


「ど、どうして家長・・・さんが、ここに―――」


混乱のあまり、声は掠れて瞳はぐるぐると渦巻いていた。

どうして妖姿の主と、あの幼なじみの娘が面と向かっているのか―――。

それもここ、奴良組本家で・・・。


「わ、若・・・?」


つららは訳が分からず、答えを求めるようにカナの向かいに座るリクオへと心許ない声を漏らした。

けれども縋るように見つめるその間も、頭に浮かぶのは良くない考えばかり。


(まさかリクオ様、自ら家長に正体を―――!?)


以前から彼に好意を寄せていた幼なじみがいよいよその思いを伝え、彼がそれに応えたとするならば―――。


「そ、そんな・・・」


あまりの衝撃につららはへなへなとその場にしゃがみ込んだ。


「おいッ、つらら!?」


だが空かさず腰を上げたリクオの腕が、間一髪で彼女の身体を支える。


「も、申し訳ありません、若・・・ですが、これは一体―――」

「いや、オレにも―――」

「怪しいとは思ったの・・・」


そう呟いたカナに、二人は一斉に首を巡らす。


「でもまさか、こんなことになるとは思わなかったけど―――」


例えようのない表情で、彼女はそう語り出した。

夕餉を済ませ、今日も今日とて夜行へと出たリクオ。

そんな彼の姿を偶然目にしたのが他でもない、家長カナだった。

だが今日に限って彼女はリクオに声をかけなかった。

蟒蛇を使わず遊歩で帰路へと着く彼に、好機とその姿を追ったのだ。

彼のことを、もっと知りたいという一心で―――。


「―――でも、着いたのはリクオくんの家だったの」

「・・・」


なんともあっさりとした露見。

ぐうの音も出ない状況に、リクオもつららもただただ唖然としていた。

対するカナもそう言ったきり、二人を見つめるだけで口を開こうとはしない。

いつもならば騒がしいくらいに賑やかな屋敷の妖怪達もなぜか今日に限ってやけに静かであるから、リクオとつららは口腔に溜まった唾を気軽に下すことさえできなかった。

だが唐突に、その沈黙は破られる・・・。


「・・・ねぇ、リクオくんッ―――」

「ここまで来て、今更隠し通せるとも思えませんし・・・第一、―――」

「及川、さん・・・?」


カナの言葉を遮るように響いたのは、淡々としたつららの声。


「半端な好奇は時に波瀾を招きますから―――」

「おい、つららッ―――」

「そうですよ、家長さん。あなたが言うように、このお方こそが妖怪任侠一家奴良組の若頭、奴良リクオ様です」


真っ直ぐに彼女だけを見つめ、つららはそう言い放った。

カナの顔面が、見る見る蒼白に染まってゆく。


「え、・・・リクオくんが・・・あの、人・・・?」

「えぇ」


それでも現実を受け止めきれず混乱するカナに、つららの声はどこまでも冷淡で。


「じゃ、あ・・・及川さんは・・・」

「私はリクオ様の側近。奴良組の側近頭、名を雪女のつららと言います」

「なッ―――」


“及川氷麗”は言う。

ついには絶句し言葉を失うカナに、白い着物を纏った雪娘は金色の瞳を瞬かせ言った。


「私の命はこのお方をお守りすること・・・この命に代えてでも、この方を守り抜く。だからこれから先、もしもあなたがその妨げとなるのなら、例えあなたであろうと・・・私は容赦しないわ」

「おい、つらら―――」

「分かっております、若」


酷く優しげな口調。

それでもハッとしたリクオの言葉を喉奥へと消し去ったのは、他でもないつららの側近としての諭すような鋭い眼光だった。


「ごめんなさい。でも私はこの方の側近で、私はこの方のために在るから・・・。もちろん今まで通り家長さんが若のご学友として交友してくれるなら、それ以上のことはないわ―――」

「そ、それは当然・・・!!だって、リクオくんは昔からの友達だし―――ッ!」


カナは捲し立てるように言う。

ふわりと、つららの唇が孤を描いた。


「ふふっ。・・・やっぱり優しい人ね。ありがとう、家長さん」

「及川さん・・・」


側近、雪女など上手く消化できない単語が未だ脳中を支配している。

それでも目の前で穏やかに微笑む彼女は紛れも無いカナが知る及川氷麗その人で。

交わし合う微かな笑みが、明日へと繋がってゆく。


「改めて、よろしくお願いしますね」

「うん、私も!」








 

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