創作 参

□望蜀に捧ぐ未来
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「あ・・・」


ひっそりと静まる廊下の先、そこに認めた見知った影に少女は小さく声を漏らした。

底冷えする寒さに散々渋ってここまで来たが、結果その葛藤が今の状況を生んだのだと分かれば一転、彼女の心は踊るように高鳴った。

それこそ“運命”なんて言葉を信じたくなるほどに・・・。


「あ、あのッ―――」

「若!」


その時。

何かが、少女―――カナの言葉を遮るように鳴った。


「え・・・?」


だが、カナの視線の先には歩いていた彼のもとへと駆け寄ったのは、白い浴衣を着た人物。

あれは―――。


「・・・及川、さん?」


“なんで”

“どうして”


カナの頭の中で無数の言葉が渦を巻いた。

けれどそんな彼女の気持ちとは裏腹に、銀鼠の長髪を揺らした男は及川氷麗の姿に別段気にした様子も見せず、彼女を穏やかな眼差しで見遣る。


「起きてたのか」

「いえ」


そう言ってつららはにこりと笑う。


「やはり山の気候は過ごしやすいですね、心地が好くてすぐに寝入ってしまいました」


北の地、それも山奥の凍えるような寒気を心地好いと言う彼女。

リクオはその言葉に苦笑して、彼女の柔らかな濡羽の髪をゆっくりと撫でた。


「起こして悪かったな・・・」

「いえ」


つららは首を横に振って、クスクスと笑う。


「・・・どうした?」

「いえ」


リクオの問いかけに、つららは首を振りながらも微笑を止めなかった。


「そんなに楽しいことを、独り占めかい?」

「そんなんじゃ―――」

「なら言えるだろう?」

「う・・・」


したり顔の主に、つららは仕方ないと溜息を吐く。


「・・・“畏”、です」

「畏・・・?」

「えぇ。・・・離れていても感じるものですね、気の流れというか・・・“畏”を感じてしまって・・・」


声が聞こえたわけでも、物音を聞いたわけでもない。

ただ彼の動静によって、気の流れが変わるのだ。


「・・・」


呼吸も忘れ、カナはその言葉に聴き入った。

言葉の意味が分からぬ彼女にも、その言葉の持つ意味の大きさだけは分かるから―――。


「・・・さすが、側近だな」

「ふふっ」


それは偶然性と必然性の違い。

なにもかもが違う。

自分と彼女は―――。


「―――あ、」


と、突然。

カナの意識はつららの不意な音吐によって引き戻された。


「だ、めッ・・・です、若!」

「散歩にでも出ようと思ったが・・・止めだ。相手、してくれるだろう?」

「な、なんの相手ですかッ!!」

「・・・言わせるのかい?」

「ッ、」


他人の恋慕事なんて、と思う反面身体が言うことを聞いてくれない。

望蜀する。


「・・・明日、早いんですよ?」

「奇遇だな、オレもだ」

「・・・寝坊をしたらどうしますか」

「眠らなきゃいいだろう?」


先に来る未来を嫌というほどちらつかされても、それでも疑念を振り払えない。

麻痺していた。


「―――若ッ、!」


浴衣姿の少女がきゅっと男にしがみつく。

その身体を愛しげに掻き抱くのは紛れも無いその男。

そして形の良い小さな唇に、彼は己のそれを重ねた。


「ん・・・」

「つらら―――」






今はもう、

貪欲さに嫌気もささないのだから―――。








 

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