創作 参

□世知に被せ、本音
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きっとそれはくだらぬ具象に過ぎない。






「で、カナちゃんがさ―――」


炊事場にひょこりと顔を見せたリクオ様。

夕餉の仕度をしていた若菜様への用が済んだのか、彼はそれはそれは楽しそうに今日あった出来事を話されていた。


「そういえば最近会っていないわねぇ、またみんなで遊びに来たらどう?」

「ハハ、だとしたらまたうちの連中には色々我慢してもらわないと」


トントンと一定に、無機質な音をたてる俎板と包丁。

聞きたくなくても勝手に欹てられる優れた聴覚は、私の心に陰を落とすには充分で。


「何かの雑誌の読者モデル―――なんでしょう?」

「うん。ボクはまだ見たことないけど、巻さんや鳥居さんがよく話してるよ」


トントントントン。

止んだ音に気づけば刃物を握る手はいつの間にかピタリと止まっていた。


「つらら?」

「―――ッ、!?」


バッ、と身体を反転させたら途端、焼けるような痛みが手首に走る。

それでも眼前に迫る不思議そうな表情を見れば、ジリジリと痛むそこは利口でスッと自分から背中へと隠れていった。


「どうしたの?つらら。ボーッとして」

「・・・」


言葉を失う私にらしくない、なんて貴方が笑うから。

私らしいなんて私が一番分からないのにと頭がぐるぐる混乱した。


「いえ・・・」


その名が貴方の声音に乗ることすら許したくないし許せない。

だからと言ってどうすることもできない。

だからいつも、遣り切れない感情の矛先は決まって私自身。


「申し訳ありません。私、所用を思い出して―――」


そんな適当な言い訳をペラペラと並べて私は炊事場を後にした。

ピリピリと痛む傷口に唇を寄せて瞬間、ぱたりと世界の理を止める。

この醜い感情も全部こうしてしまえればきっと足掻くことなんてなくて酷く楽。

けれど浮かんだ極楽にそれでも息が詰まりそうになって全部楽になんてなれないのは私が一番それを望んでいないからで。

好きで好きでどうしようもないくらいに好きで、足掻いて足掻いてどうしようもないくらいに足掻いてもきっとこの想いに終息は来ないから、だからやがて現れるそこは紛れも無い終生。


「つららッ!!!」

「ッ、―――リ、リクオ様!?」


なのにどうして。

貴方は来るの。

追ってくるの名前を呼ぶの。


「手!見せてッ!!」


ぐいっと奪うように手首は捕われた。

今こそ鮮血の跡は綺麗に失せていたが、薄氷越しに有るのは隠しきれない確かな傷痕、どくんと疼く脈拍。


「・・・なにしてるの?」

「あ、のッ・・・これは―――」

「包丁で切った?知ってるよ、違う、そんなこと聞いてるんじゃない。ボクが聞いてるのはどうして黙ってたのかってこと、なんで全部自分一人でやろうとするんだよ、ボクがいただろ?なんでボクに言わないんだよ、黙ってるんだよ!」

「ッ、」

「・・・頼ってよ、・・・ボクはつららの何?」

「―――い・・・、お慕い・・・しております、リクオ様をお慕いしておりますッ」


答えになってないなんて承知。

溢れて止まらない、これは貴方の気持ちを知りたくて知りたくない私の―――。








 

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