ニートと警察官

□1人と1人が出会うとき
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降谷零には強力な協力者がいるらしい。らしい、というのは彼本人からその存在について教えて貰ったことが無いからである。しかし会話の節々でその協力者の影が垣間見えるときがあるため、風見はその存在を疑っていた。出来ないことを見つける方が難しいあの上司に直々の協力者がいるのがにわかに信じられないが、もしいるのであればどんな人物であるのか非常に気になるものである。協力者を管理するのは、降谷が属するゼロが行っているため風見がその人物がどんな人物かを知ることはできない。きっと会う事などもないだろう。風見はそう思っていた。今日、彼女に出会うまでは。

「風見裕也30歳、警視庁公安部所属の警部補で降谷零を上司に“ゼロ”と関わりを持つ人…だよね?こんにちは」

風見が人気のない公園にてひとりコーヒーを口にしていた。すると突然鈴の音のような声が聞こえてきたのである。目の前には美しい女性。長く美しい黒髪を風に靡かせ、形の良い唇を三日月型に歪めて風見に向かって微笑んだのである。美しい、と感じるより前に風見はゾッと背筋を粟立たせた。己が降谷の部下であることは、同じ警視庁の公安部の仲間でも一部の人間しか知らない筈だ。警察庁の人間かと思いもしたが、彼女は警察らしくない。

「…どなたですか」
「あっ、えっと、警戒させちゃった?うーん、さすがに今の言い回しは悪人ぽいかあ…降谷くんも私が人見知りだって分かってるのにお使い頼むんだもん…」

最後は独り言のように彼女は呟く。その言葉を聞いて、風見はハッとした。風見が今日この公園にいる理由を思い出したのである。それこそ先程彼女の口から出た、上司の降谷零からとある事件についての情報の受け渡しをするためこの人気のない場所へと呼び出されたのだ。ただし降谷自体は忙しく、代わりの人間をよこすと言っていた。彼女がその代わりの人間なのだろう。

「失礼しました。降谷さんの代わりに来ていただいたんですね。ありがとうございます」
「や、私も警戒させるような言い方をしてごめんなさい。…降谷くんから頼まれたのは2つ。1つは、これ」

女性は流れるように風見のスーツのポケットへ、何かを入れた。そっとポケットの上から中にあるものの形を確かめれば、細長い感触。USBだ。ゼロから降りてきた件の事件の情報がこれに入っているのだろう。

「…確かに。ところで、もう1つの頼まれごととは…?」
「ん、これ。お昼ご飯を私と食べよう」
「……………は?」

素っ頓狂な声が出た。なぜ、という疑問と共に彼女の方を見ると、彼女も妙に気まずい表情をしていた。先程ポツリと人見知りだと言っていたが、初めて会った者同士で食事を取るのは、人見知りであろうとなかろうと気まずいものである。

「その、多分…降谷くんのことだから、風見さんに私を紹介したかったんじゃないかな…けど、今は降谷くんに時間がないからこういう無理やりな感じになっちゃったみたいな……」
「しかし、私にあなたを紹介してどうするつもりだったんでしょうか…」
「う……それは分かんないけど……」

まさか友達になれと言うわけではあるまい。気まずい状況ではあったが、風見の腹の虫が盛大に音を立てたため、兎にも角にもとベンチに2人並んで弁当を広げたのだ。

「そういえば、あなたを何とお呼びしたらいいのでしょうか」
「んー……、駒鳥でいいよ」
「…では駒鳥さんと」

話しながら、2人は弁当の蓋を開ける。するとそこにはカラフルな弁当が顔を出した。中身は特に奇を衒うようなものはないが、ツヤツヤとした色合いに食欲がひどくそそられた。卵焼きの中には青ネギが入っていたり、ウズラの卵ときゅうりがカラフルな楊枝に刺さっていたり。

「んふふ、相変わらず美味しそう」
「ですね」

2人は手を合わせていただきますと小さく呟き箸を手に取り弁当に手を付け始めた。

「風見さんも降谷くんに料理を作ってもらっているの?」
「ええ、たまに。忙しいとどうしても食生活が疎かになってしまうんですが、あの人は見計らったように栄養のあるものを持ってきてくれて……」
「一緒だね。……私の場合はお腹減ってないのに食べなきゃダメって言われるタイプなんだけどもね……」
「自分が言うのもなんですが、食事はきちんと取られた方が良いかと……」
「基本的に家からあまり出ないからお腹が空かないんだよ」

少しだけ唇を尖らせながら喋る彼女の方を、風見は横目で改めて見る。太すぎず細過ぎない、バランスが取れた体型。ワンピースから伸びる腕と脚は、白く滑らかで陶器のようだ。全く視線の合わない瞳は茶色で長い睫毛が影を落としている。よくよく見なくとも美しい女性であることは明らかだ。この女性と降谷が隣合って歩いているところを想像した風見は、まるでドラマや映画のワンシーンのように絵になるなという感想を持った。しかしそれ以上に気になるのは2人の関係性である。恋人、といった感じではないが、協力者、といった感じでもない。

「…風見さんはさ、降谷くんのことをどう思ってる?」
「えっ、」
「あのスーパー何でもこなせちゃうマンの降谷くんのこと。繋がりがあるとはいえ、それでも警察庁の公安は秘密ばかりでしょう?不満に思ったり、降谷くんのやり方が気に入らなかったり、そういうの無いのかなって」
「そんな、自分は…」

そう言いかけて、風見は思わず口を噤んだ。確かに降谷は全てを語ってくれる訳では無い。それは彼の立場上仕方が無いことで、頭で分かってはいても少なからず不安に思うことはある。自分では頼りないのだろうか、役に立っていないのだろうか。そんな風に思うこともあれば、彼のやり方に異を唱えようとしたことだってある。しかし最終的に彼の言う通りに行動をしてきた。それは彼が、降谷零が誰よりもこの日本を愛していることを風見はよく知っていたからだ。

「…降谷さんが何を考え動いているか、自分には全く理解できないこともままあります。ですが、降谷さんの行動の1つ1つがこの国のためになっていることだけは分かっているつもりです。不満も不安も、何一つないなんて、そんなことは言えません。しかし私は降谷さんのこの国に対する気持ちを疑ったことはない」
「……」
「……っ、す、すみません!勝手に話してしまいました……今のは聞かなかったことに……、」
「ううん。……ううん」

焦る風見の横で、駒鳥は小さく首を振った。そして、暫く黙っていたかと思うと今度は風見の方へと体ごと向きを正したのだ。風見は、今まで誰にも言わなかった思いを今日初めて会った女性に吐露してしまったことに気まずさを感じながら駒鳥を見つめていたため、思わぬ所で合った視線に思わずオロオロとしてしまった。しかしそんな風見の様子に駒鳥は気づくことなどなく、少しだけ風見の方へと距離を縮めた。

「風見さん、あの、ごめんなさい。私、本当は悠里っていうの。因幡悠里」
「…え、と?因幡さん?」
「苗字は嫌いだから名前で呼んで」
「ええ…?では、悠里さん」
「…んふふ。やっぱり降谷くんは、私に風見さんを紹介させたかったみたい」
「…と、いうと?」
「風見さんって、降谷くんからの信頼がとっても厚いんだね!」

先程とは違い、無邪気に子供のように笑う彼女に、こちらが本当の彼女の顔かもしれない、と風見は思った。

「いや、自分なんてまだまだで…」
「自信持ちなよ!んふふー。そんな風見さんには特別にこれをあげる!」

カバンからメモ用紙を取り出し、駒鳥は…いや、悠里はさらさらとそこに何かを書いていく。そして用紙を1枚破り、風見に差し出した。そこには1つのメールアドレスが書かれていた。

「アドレス?」
「私のお仕事用のアドレス。今は休業中だけど、風見さんの依頼なら特別に受けてあげる。あ、もちろん報酬はもらうけどね!」
「悠里さん、仕事って…」
「公安にも優秀な協力者がいるかもしれないけど、ハッキングに関してはきっと誰もが私に劣るよ。…私の仕事は情報屋。ハッキング専門の情報屋よ」

こうして昼食を共にした2人は、1人の男の思惑通り繋がりを持ち、今後も必要に応じて協力をする関係になるのであった。

2022/05/04


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