ニートと警察官

□近付く足音
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朝日が部屋に入らずとも、悠里は決まった時間に目が覚める。むくりと上半身を起こし、まだはっきりしない頭で10分ほどぼんやりしてからやっと動き出す。カーテンを開けることなく、そのまま部屋の電気をつけて1つ欠伸を漏らした。ふと、タンスの上に目を向けると愛らしいペンギンのストラップが目に入る。先日水族館に遊びに行ったという少年探偵団の子ども達が、悠里にお土産にと買ってきてくれたものだ。ちょこんとタンスの上に大人しく座っているペンギンの頭を人差し指で軽く撫でて、悠里は着替えるべくクローゼットを開けたのだった。

着替え終わり、洗面所にて身なりを整えた後ダイニングキッチンに行くと、沖矢とコナンの姿があった。この2人がこのように2人で会っている時は、赤井に関する今後のことを相談している時が殆どである。また何か組織の方で、…特にバーボン関係で動きがあったのかと悠里は予想する。

悠里はコナンと沖矢に朝の挨拶をして、食パンをトースターに入れて焼き始めた。その間にキウイの皮をむき、スライスして小皿に盛り付ける。その間、ずっと悠里を見つめるコナンに、悠里は少しだけ首を傾げた。

「コナンくんはご朝ごはんを食べてきたのかな?」
「うん、食べてきたよ。だから気にしないで悠里さんはご飯食べてて」
「んー…ふふ、じゃあご飯食べながらコナンくんのお話を聞こうかな。私に何か言いたいことがあるんでしょう?」

チン、と音を立ててトースターが、パンが焼けた合図を出した。悠里はパンを皿に乗せ、マーマレードをたっぷりとのせる。この少しだけ苦味があるのが好きなのだ。机にトースターとキウイがのった皿を置いて、椅子に座る。そうすれば、悠里の横にコナンも座った。沖矢に入れてもらったのだろう。コーヒーが入ったマグカップに少しだけ口をつけて、コナンは口を開いた。

「安室さんって、子どもの時『ゼロ』って呼ばれてたんだって。透って名前で、透けてるから何も無い。だから『ゼロ』だって。本当だと思う?」
「さあてね。例えそれが本当でも嘘でも、あまり影響はないんじゃないかな。その渾名から安室透の過去を知ったとしても、今の彼への新たな対策案が出てくるとは到底思えないし」
「ならば、こういう場合だったらどうでしょう」

悠里とコナンの近くで背を壁に預けていた沖矢が口を開いた。背を壁から離し、冷蔵庫へと赴く。中から牛乳を出して、「ちゃんと水分も取らなければいけませんよ」と言いながらコップに注ぎ悠里の前へと置いてやった。

「例えば。FBIの赤井秀一が諸星大と名を偽って、組織へと潜入したように。安室透と名を偽って、彼があの組織へと潜入したならば。本当の彼は何者なんでしょうか?」
「………それは面白い仮説だね」
「調べてみる価値はあると思わない?」

コナンの言葉に、悠里はすぐには答えずキウイにフォークを突き刺した。

「…安室透が諸星大や水無怜奈のように、偽名を使ってあの組織に潜入してる可能性が高いと?どうしてまたそう思ったの」
「最初の違和感は、ベルツリー急行での出来事だったんだけど…あ、悠里さんは知らないよな。ベルツリー急行っていう汽車の中で灰原が組織に殺されかけたとき、あいつに銃を突きつけたのはバーボンだったんだ。けどバーボンは灰原を殺さなかった。裏切り者は必ず殺すようにと命じられているにも関わらず、その命令を無視して灰原を助けようとした。…まあ、その違和感もしばらくあの人と一緒にいて少しずつ持ち始めたものだけれどね」

コナンの話を聞きながら、悠里は小皿にのったキウイを食べきった。甘酸っぱいはずなのに、少しだけ苦味を含んでいるように感じたのは果たしてキウイのせいだけなのか。

「うーん、その程度の違和感じゃあ、彼の情報を探るには少し心許ないなあ。ただの組織のメンバーじゃない、コードネーム付きのメンバーだもの。それに、シェリーの科学者としての腕を買って、殺すのは惜しいと考えるメンバーも中にはいるかもしれないし」
「それはそうだけど…」
「それに私、約束しちゃったから。組織のこと、暫く調べないって」
「それは、悠里さんの元同居人との約束?」
「まあね」

そう言う悠里の顔を、コナンはじっと見つめた。

「…悠里さんの元同居人ってどういう人なの?」
「そうだねえ…とても正義感が強くて優しい人だよ」

コナンからダイレクトにこの質問をされるのは初めてのことだった。コナンは少しだけ考え込むような素振りを見せたが、ぱっと顔を上げてにこりと微笑んだ。

「……そっか。…うん、そうだね。じゃあもっと確信できる出来事があったらまた悠里さんに改めて報告するよ」
「うん、そのときはお願いね。…さて、私は部屋に戻るけど、何かあったらいつでも声かけてね。沖矢昴、お皿は後で自分で洗うから、洗わずにそこに置いといて」

悠里はそう言い、沖矢ともコナンとも目を合わさずそのまま2階へと上がったのだ。借りている部屋へと戻った悠里は、ボスリとベッドに身を投げて、考える。先程のコナンの意図がどこにあるのか分からなかったのだ。あの子どもに自分の昔の渾名を教えた安室透の言動は間違いなく『失敗』だ。安室透の正体を暴かれるのも時間の問題だろう。

果たして江戸川コナンは、安室透の正体を悠里に調べてもらうことによって正確な情報と時短を目的としたいのか。それとも悠里の元同居人が安室透ではないのかと疑い悠里の言動を観察したかったのか。先程のコナンの表情を見る限り、後者である可能性が高い。しかし何が原因でそう疑われるようになったかは全く検討がつかない。これでも『元同居人』について話す時は細心の注意を払っていたのだ。何も口を滑らせてはいないはずであるが。

「…これからどうなるのかな…」

安室透があちらの人間ではなく、こちらの人間であるならば…彼を利用するか協力体制へと持っていって組織の動向を伺おうとコナンは思っているのだろうか。それとも今はとにかく赤井秀一の生存のみを隠したいだけなのだろうか。答えは、まだ出ないー…。

***

「安室さんの大切なもの、見つかった?」
「え?」

ポアロにて。工藤邸から戻ってきたコナンは、1人で昼食を取るためポアロを訪れていた。蘭は部活で小五郎は浮気調査の依頼が入ったためである。いつも頼むアイスコーヒーと、今日は安室特製のハムサンドを頼んだ。

忙しい昼時から少し外れた時間であったため、今はコナン1人の貸切状態である。梓も昼休憩を取っているため、実質この店内にはコナンと安室の2人だけしかいなかった。そして安室がコナンのためにハムサンドを持ってきた時、コナンが先日少しだけ話した『安室の大切なもの』に対して彼に尋ねたのである。

「ほら、この前言ってたじゃない。安室さんの大切なものが無くなっちゃったって。見つかったの?」
「ああ、この前のことを気にしてくれてたんだね。残念ながら全く見つからないんだ」
「…?それにしてはあまり残念そうに見えないけど」

あの時は見たことがないようなぼんやりとした顔をしていたというのに、どういうことなのだろうか。コナンは安室を見上げながら、少しだけ首を傾げた。

「少ししたら、今やってる大きな作業が終わるんだ。そうしたら、探してみようと思って」
「探し方が分からないって言ってなかった?」
「ああ、皆目見当がつかないよ」
「どうやって探すの」
「手当たり次第さ」

にっこりと、女性を虜にしそうな笑顔で言った言葉は、安室らしくない非効率的なものだった。コナンはぱちぱちと目を瞬かせた後、安室に負けないくらいの笑顔を見せたのである。

「…ふうん、じゃあボクは安室さんがその大切なものを早く見つけられるように応援するね」
「ありがとう、コナンくん。さ、僕のハムサンドは温かい方が美味しいから早くお食べ」
「うん、ありがとう!」

何かふっきれたような顔をした安室を横目に、コナンはサンドイッチにかぶりついた。つい先日、工藤邸の庭先にて似たような味をしたサンドイッチを食べたことを思い出しながら、もう一度だけ安室の顔をひっそりと盗み見たのであった。






近付く足音
2018/06/14


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