ニートと警察官

□甘く冷たい
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「アイスケーキとやらを食べてみたい」
「またいきなりですね。今日はこんなに寒いというのに…頭大丈夫ですか?」
「沖矢昴、前々から言おうと思ってたんだけどさ。ちょいちょい沖矢昴であること忘れてない?大丈夫?」
「いらない心配をありがとうございます」
「腹立つなあ」

アイスケーキというものは、アイスでありケーキであるらしい。もっというと、ケーキの形をしたアイスらしい。有希子が持ってきて、そのまま置いて帰ってしまった雑誌に載っていたのを悠里は見たのだ。見た目はケーキであるが、果物の部分以外は全てアイスであるらしい。果物の部分は凍らせており、写真のものにはイチゴやブルーベリーが乗っかっていた。

「そういえば、パンケーキもアイスケーキに似てるよね。パンなのか、ケーキなのか。どっちなんだろ」
「悠里さん、パンケーキの『パン』は食べ物のパンではないですよ。フライパンで焼くから『パン』ケーキなんです」
「えっ!?」
「ちなみにホットケーキは和製英語です」
「うそぉ…」

心底ショックを受けた様子で、悠里はがっくりと肩を落とした。パンなのかケーキなのか、とても真剣に悩んでいた時期があったらしい。ならばさっさとその手元にあるノートパソコンで調べればいいものを…と沖矢は思ったが、口には出さなかった。

一方悠里の1度持った食欲はなかなかすぐ晴れることなどできず、アイスケーキは段々頭の隅へと追いやられ、その空腹を訴える腹は今度はパンケーキを欲し始めたのである。思い出すのは、やはり彼…降谷が作ってくれたパンケーキだ。ベーコンと卵とレタスと、そしてパンケーキ。あえて生地をあまり甘くないようにしたもので、朝食としてよく作ってくれていた。彼の料理に思いを馳せれば、今度は悠里の腹が小さく主張した。限界だといわんばかりのそれに、悠里は弱々しく声をあげたのだ。

「沖矢昴ー…パンケーキ作ってよお」
「私は今のところ煮込み料理しか作れないので無理です」
「ああ…沖矢昴、変に不器用だよね…」

この前は卵焼きに挑戦しようとして、見事崩れてしまいスクランブルエッグになってしまっていたのを悠里は思い出した。それでも湧き上がる食欲は抑えられることができない。渋々といった感じで、悠里は立ち上がった。キッチンへと向かい、棚を開けてそこに置いてある黒ゴムを取り出し簡単に髪を纏めてしまう。

「さて…」

薄力粉やベーキングパウダー、牛乳、卵と取り出し、まずは粉類を悠里は振るい始めた。やはり手際が良いな、と同じくキッチンへとやって来た沖矢は彼女の背中を眺めた。

「…悠里さんのその料理の腕は、以前一緒に住んでいた方の指導によって得られたのですか?」
「そうだよ。まあ指導、って言っても私が料理をやってみたいって言ったから教えてくれた感じだけどね」
「あなたがこんなに手際良く料理ができているんです。きっとその同居人の方も素晴らしく料理上手な女性だったんですね」

小麦粉とベーキングパウダーを振るい終え、悠里は湯を沸かし始めた。バターを湯せんするためだ。

「…沖矢昴、私から情報を抜き取りたいならそんな甘い誘導尋問じゃお話にならないよ」

悠里は沖矢の方へと振り返らず、卵を割りながら彼の言葉に淡々と答えた。

「誘導尋問?何のことですか?」
「私はここにくる前のことは話さないよ。別にいいじゃない、知らなくたって」
「ふふ、4年もあなたを匿うことができた根城に興味を持たない方がおかしいですよ」
「悪趣味」

笑いを携えながら、悠里は沖矢の方へと振り返った。そして彼に近付き泡立て器とボールを差し出したのである。

「暇そうだね、沖矢昴。私の手伝いでもする?」
「……いえ、これでも工藤氏の蔵書を読むことにたいへん忙しいー…おや?」

両手を挙げて悠里の誘いを丁重に断りかけたそのとき。玄関のチャイムが鳴った。ほとんど鳴ることがないソレに、沖矢が立ち上がりドアホンへと向かう。悠里も誰が訪ねてきたのか気になったのか、ボールの中身を泡立て器で混ぜながら沖矢の後に続くようにドアホンへと向かった。

ドアホンに映っていたのは宅配業者だった。しかし沖矢も悠里も何も頼んでなどいない。2人は顔を見合わせ、お互い首を傾げた。とにもかくにもと、沖矢がドアホンの受話器を手に取った。

「はい…」
『あのーー…チーター宅配便ですけど…そちらに阿笠博士って方はいらっしゃいますか?』
「ああ…阿笠なら隣…」
『工藤様方阿笠博士様宛の荷物を届けに来たんですが…』
「………」

それは不思議な話だった。阿笠邸はすぐ隣であるし、阿笠博士はその家主だ。わざわざ工藤邸に荷物が送られるはずがない。

「ああ、思い出しました、ケーキですね?本人は隣の部屋で手が離せない作業をしているので私が受け取りましょう…」

だというのに、沖矢はその事を伏せて荷物を受け取ると言ったのである。

「沖矢昴、何で阿笠博士は隣の家にいるって言わなかったの?」
「少し気になったことがありましたから。悠里さんはここから動かないように。荷物を受け取ってきます」

阿笠邸はすぐ隣であるのにこちらに荷物が届いたのだ。少しどころかかなり気になるところだ。悠里は頭の上にクエスチョンマークを飛ばしながら、混ざりきったボールの中に今度はふるった小麦粉とベーキングパウダーを入れてさくさくと混ぜ合わせ始めた。少しだけドロリとした生地が出来上がった頃に、沖矢が戻ってきたのである。その手には伝票と、白くて大きな箱があった。

「遅かったね」
「ええ、コナンくんがピンチだったみたいで」
「は?」
「一応素直に車が出るか、見送らないといけませんね」
「どういうこと?」

白くて大きな箱を机に置き、沖矢は再び部屋を出た。意味深な発言が気にならない筈もなく、今度は悠里も彼の後に続いた。沖矢は2階へと上がり、とある部屋から外を覗き見た。

「ねえ、沖矢昴。何があったの?」
「…これを見てください」
「これって伝票でしょ?これが…、…ん?」

伝票の宛名部分には、確かに『工藤様方阿笠博士様』と表記されていた。しかしよくよく見てみれば、『工藤様方』と『阿笠博士様』とそれぞれ筆跡とインクの具合が違っている。

「こんな荷物の宛名の書き方ができるのは、コナンくんだけですよ。それにその荷札を1枚めくって見ればー…、まずいな。バレたか?」

悠里が荷札を1枚めくれば、『DB』『SOS』『murder』の文字が書いてあった。『DB』は恐らく『detective boys』、『murder』は『殺人』。さっ、と悠里の顔が青くなった。これはつまり少年探偵団が殺人事件に巻き込まれており、この伝票に細工をしかけることができる、あのクール便の中で隠れているということではないか。

トラックの方を見れば、ドライバー2人が何やら荷台の前で揉めている。子どもたちがいよいよ危険だと察知し、悠里は焦った。

「ちょっと沖矢昴!速く助けにいかないと…!」
「いや、待て。…白のRX-7」
「え、」

聞き覚えのある車種に、悠里は沖矢と同じ方向へ視線を滑らせた。そこにはクール便の後に付けるように、見覚えのある車が止まったのだ。降りてきたのは褐色で金髪の青年。

「ふ…、バーボン…!」
「お嬢ちゃん、頭を下げろ。外から見える」
「ふぎゅっ!?」

ぐっと頭を下げられ、情けない声が出た。抗議の声を上げかけたが、沖矢の真剣な顔に悠里は大人しくそのまま頭を下げたのである。どうやら沖矢…赤井にとって、バーボンは余裕を持てる相手では無いらしい。降谷からはよく赤井(当時はライとしてだが)は余裕綽々な態度が腹立たしいとぼやいたいたが、実際はそんなことは無さそうだ。鋭い瞳はライフルを構えているときのようである。

「…行ったか。今回は彼に助けられたな…。悠里さん、あの子達を迎えに行ってきます。毛布と湯を沸かしておいてください。クール便の中にいたんですから、恐らく体が凍えてしまっているでしょうから」
「う、うん。分かった」

ちらと外を見れば、もう彼は車ごと居なくなっていた。悠里は沖矢の指示を素直に聞き入れ、慌ててキッチンへと向かった。湯を沸かし、室内の温度を少し上げて毛布を人数分用意する。沖矢が玄関を開ける音が聞こえ、そこでやっと息をついた。

「顔を見ただけじゃあ、元気かどうか分からないね…」

ぽつりと、悠里は呟いた。彼は嘘が上手だ。顔をみただけでは元気なのか、そうではないのか正直分からない。本当はもっとコナンに降谷の様子を聞きたいが、あまり聞きすぎても不審に思われてしまうのは簡単に予想できる。あの少年は思っていたよりずっとずっと頭が切れるのだ。降谷のことを組織の一員のバーボンとまでしか知らないならば、それ以上のことを悠里の口から出た言葉によって勘ぐられるのは避けたい。

「もどかしいなあ…」

しゅんしゅんと音を立てて沸き始めたヤカンの火を止め、悠里は子どもたちを迎えるため玄関へと向かったのだった。






甘く冷たい
2018/05/23


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