ニートと警察官

□電子の世界で笑う少年
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駒鳥は、世間の人間と同じように怪盗キッドが好きである。と、いうより怪盗が好きらしい。あの狙った獲物は逃がさないというスタンスと、華麗に闇夜で踊る雰囲気がとてつもなく好ましいのだという。

怪盗キッドだけでなく、ルパン三世も大好きだと言っていたのも記憶に新しい。彼の飄々としたところと、少しアダルトなところが大人の余裕もあって好きだと言っていた。悪い男に憧れを持つ女性がいるのはいつの世も同じだが、まるで実際に会ったことがあるかのように話すため、降谷もまさかとは思いつつ、彼女に相槌を打つだけに止めておいた。

それにしてもである。日本を守る警察官としては、怪盗だろうと月下の奇術師だろうと泥棒は泥棒だ。犯罪である。だというのにこの愛しい同居人は黄色い声を上げて楽しそうにニュース記事や動画を見ているのだ。降谷としては全く面白くない。

何故この話題が出てきたかと言うと、実はつい先日また怪盗キッドが現れたからだ。今回は今までとは違い、昭和の怪盗ファントム・レディに盗まれた品物を返すという予告だった。これを機に駒鳥は自分のパソコン内にあるキッドフォルダを数日かけて整理をしているのである。

「それにしても、結局どうしてキッドがファントム・レディが盗んだ品を返しに来たんでしょうね。盗品を返しにきた目的は分かりましたが、なぜキッドが返しにきたのかが分りません。やはりあの2人は師弟関係にあるんでしょうか」
「んー…よく分かんないけど、やっぱり子どもってお母さんに頭が上がらないんじゃないかな。パシられた、って言った方がしっくりきそうだけど」
「(……今さらっと重大な血縁関係を暴露したような気が)」

聞き間違いでなかったら、駒鳥の今の発言は怪盗キッドと怪盗ファントム・レディが師弟関係ではなく親子であると言っていることになる。たまに駒鳥は、降谷が思わず駒鳥の顔を2度見するような情報をぽろっとその小さな口から零すことがある。ただ聞き返しても、「何のこと?」と2度目ははぐらかしてしまうのだが。

しかしあの2人が親子であるならば、なるほど妙に納得がいく。となると怪盗キッドが活躍した時期も考えると、彼もこの駒鳥のように2代目の怪盗キッドなのだろう。推測の域を出ないが、初代怪盗キッドはおおかた父親辺りか。

「…って、なんだかその映像おかしくないですか?ニュース動画っぽくない気が…」

そんなことを考えながら視線を駒鳥が作業するパソコンの液晶へとスライドさせると、妙な動画が目に入った。ニュース動画のような鮮明さではない、少々荒れた画像。これはまるでー…

「あ、これ?これね、防犯カメラシステムの中にお邪魔して録画したやつだよ。めったに防犯カメラに映らないんだけど、これは珍しく映ってるやつなんだ〜」
「駒鳥さん…僕、一応警察なんですけど」

警察官の目の前で、堂々と犯罪内容を喋らないでほしい。…とはいえ人のことを言えないような違法捜査をしている身からすれば、それ以上咎める言葉など思いつかなかった。思いつかなかったが、妙な敗北感でいっぱいである。そこまでするのかと言えば、きっと彼女は真顔でそこまでするよと力強く頷くことだろう。簡単に想像出来るのが逆に悲しい。

「警察は警察でも、降谷くんに言われてもなー…」

ぐうの音も出ない。たまに駒鳥のそのハッキング能力を借りることもあるため、さらに言葉に詰まってしまう。降谷は黙って目を逸らした。

「そうそう、キッドといえば。この子のことも気になるんだよね」
「ん?……ああ、キッドキラーですか」

駒鳥がノートパソコンを降谷の方に向ければ、そこには困ったように笑いながらピースサインをしているメガネをかけた少年の姿が映っていた。見出しには、『今回もお手柄小学生!キッドキラーが今日も行く!』とある。最近はわざわざ鈴木次郎吉氏が少年をを呼んでキッド対策をしているのだというから驚きだ。

「可愛いよね〜。こんなに可愛いキッドキラーなら、私、キッドよりこの子のこと応援しちゃうかも」
「駒鳥さんは結局どちらの味方なんですか…」
「んふふ、どっちにも味方したくて駒鳥選べなーい!…あ、ちょっとやめてよ降谷くん。その可哀想な子を見る目はやめて。さすがにさ、静かに引かれるのはツラい」

降谷のじっとりとした視線に気がついて、駒鳥はぶんぶんと首を横に振った。そして気を取り直すかのようにこほんと1つ咳払いをし、キッドキラーの少年の顔をアップにしたのである。少年の名前は江戸川コナン。まるでミステリー小説の申し子のような名前を持つ少年は、つい先日駒鳥が外出した先のデパートにもいた。毛利探偵の近くを動き回る姿にキッドキラーの少年であると気づいたのである。

「ただ、この子……」

いつもの興味からくる好奇心だった。デパートから帰ったあの後。赤井秀一が死んだ時の事件について、再度情報を洗い出すついでに少年のことも調べたのである。しかし少年の情報はー…

「この子が、どうかしましたか?」
「…ううん、何でもない」

何故か、降谷に言うことを躊躇ってしまった。少年の情報は奇妙だった。帝丹小学校に通う1年B組の江戸川コナン。毛利探偵事務所で預けられている少年は、ここ数ヶ月の情報は豊富にあるのにそれ以前のものはほぼ無い。あるにはあるが、それは全て偽造された情報だった。さらには赤井秀一とセットで調べていることによって、実はFBIと密な関係であることも分かった。この小学生はいったい何者なのか。

「(でも危ない感じはしないんだよなあ。シルバーブレットと行動も一緒にしているし…)」

赤井秀一という男に対して、駒鳥の信頼は非常に厚い。決して彼と駒鳥は友人ではないが、ただのクライアントとコンサルタントという関係でもない。言うなれば、困った時にお互いを利用し合うことができる都合の良い知り合いといったところか。

「駒鳥さん?」
「えっ、あ、ごめん聞いてなかった」
「大丈夫ですか?どこか体調でも…」
「大丈夫、ちょっとぼーっとしていただけ」
「ならいいですけど…。僕、今から探偵業の方のクライアントに会ってくるんですけど、夜は警察庁に顔を出すので、おそらく今日中には帰らないと思いますから戸締りはきちんとしておいてください」
「うん、分かった。気をつけてね」
「ええ、ありがとうございます」

降谷も最近はまた組織の中で小さく静かに動いているらしい。たまに女性ものの香水と、メンソールの匂いをつけて帰ってくるためベルモットと会っているのだろう。あまり無茶をして欲しくはないが、駒鳥に降谷の行動に対して口を挟む権利はない。

降谷が準備のため部屋から出ていくのを見送った後、駒鳥は再び困ったように笑う少年の画像へと目を向けた。もう少し、このキッドキラーについて調べよう。駒鳥は、己が段々と電子の世界から外の世界へと引きずり出される運命の歯車の音にまだ気がついていなかった…。






電子の世界で笑う少年
2018/4/18


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