ニートと警察官

□すべてすべて、風邪のせい
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***

ひんやりと首に冷たいものが触れ、駒鳥はうっすらと目を開いた。眼前には降谷がいて、心配そうにこちらの様子を伺っている。

「あ、れ...まだ、出掛けてなかったの...?」
「もう昼過ぎですよ。用事は全て終わらせてきましたから、お気になさらず。...朝より熱が上がったみたいですね」

駒鳥の額の冷えピタを剥がして、新しいのを貼ってやる。額に乗る冷たい感覚に、一瞬ふるりと肩を震わすも、ホッとしたように口から熱い息が漏れた。

「降谷くん、あんまり近くにいると、うつるよ」
「風邪ですか?平気ですよ。鍛えてますから」
「そういう問題じゃ、ケホ、ないと思うけど...」

焦点がややあってない瞳で、自分の心配ではなく降谷の心配をしてくる駒鳥。降谷は苦笑して、ぐっと駒鳥に近づいた。熱い息が漏れるその唇は、普段よりカサついているようだ。触れたことがないそこに親指を滑らせ、その感触を確かめるように撫でる。

「...ふるやくん?」
「駒鳥さん。あなた風邪をひいてるんですから、少しは口を閉じて治すことに専念してください。...でないと、キスしてその口塞いでしまいますよ」
「そんなことしたら...余計...風邪がうつるよ...」
「...それは、僕とキスすること自体嫌じゃないってことですか?」
「いやだから...風邪うつっちゃうって...?」

話自体は全く噛み合っていない。しかし熱で浮かされているとはいえ、駒鳥から否定や拒絶の言葉は出てこなかった。その事実が、純粋に嬉しかった。だからだろうか。降谷も、駒鳥の熱にあてられたのかもしれない。

「ふるやく、」
「風邪なんて、僕に全部うつしてくれたらいい」

そういって降谷は、優しく駒鳥の唇に己の唇を重ねたのだった。

***

茶葉はディンブラを用意した。作り方は至って簡単。紅茶を入れて、すりおろした林檎と生姜をその中に入れる。温かいうちに蜂蜜も溶かし込むように入れれば、喉に優しいアップル蜂蜜ジンジャーティーの出来上がりである。...あれから2時間。そう、降谷が駒鳥の唇を唇で塞いでしまってから2時間経過した。降谷は落ち着くために、味見も兼ねて今しがた作った紅茶を一口飲んだ。ほんのりと甘くて生姜の味は強くない。これなら生姜が苦手な駒鳥も飲んでくれるだろう。ちなみに当の駒鳥は、今もすやすやと眠っている。

「...寝込みを襲った、って言われても仕方ないな...」

ポツリ、と呟いて己のしたことに頭を抱えた。思ったよりも用事が早く済み買物をして帰って来たら、朝より熱が上がってしまっていた駒鳥がいて慌ててしまった。そこから首の下も冷やすように濡れタオルを用意し、少し頭を動かした時に駒鳥が目を開けたのである。

あのとき。唇を離した後、目の前に飛び込んできたのは規則正しい寝息を立てて眠っていた駒鳥の顔だった。話が噛み合わないのと、喋り方も随分ゆったりとしていたが、まさかキスをしたときに既に寝ていたとは。しかも寝ていることをいいことに、1度唇を離した後再び唇を押し付けてしまった。4年間耐えに耐え抜いた理性が崩壊した瞬間である。

「駒鳥さんにどんな顔をして会えばいいんだ...」
「治った―――!」

大きく溜め息を吐こうとした瞬間。リビングにある扉を開けて、駒鳥が足どり軽く入ってきた。降谷の頭を悩ませていた人物が突然やってきて、珍しくも心臓が飛び出そうなくらい降谷は驚いた。

「こ、駒鳥さん...」
「あれっ、降谷くん帰ってたんだね。お帰り!」
「...!」

にっこりと笑って降谷を迎える駒鳥に、降谷は震えた。これは、完璧に駒鳥は先ほどのことを覚えていない、と。そんな降谷のことなど駒鳥は露知らず。冷えピタを既にとってしまった額を見せて、熱が下がったことを主張する。

「降谷くん、多分熱さがったよ」
「え、あ、...確かに顔色はだいぶいいですけど、まだ体温は高いみたいですから完治はしてないですよ。1度体温計で計っておきましょうか」

今しがた作ったアップル蜂蜜ジンジャーティーは、体温を計った後にでも飲んでもらおう。冷めて丁度飲み頃になるかもしれない。しかしまさか先ほどの出来事をすっかり忘れてしまっているとは。残念なような、良かったような。複雑な気持ちである。

「ん!...あ、そうだ降谷くん。さっき夢でね、降谷くんが出てきたよ」
「へえ、駒鳥さんの夢に出られるとは光栄ですね」

降谷はドキリとした。それはもしかしたら夢ではなく現実の話かもしれない。駒鳥が寝ぼけて先程の出来事を夢と混同しても、おかしくなかった。駒鳥の次の言葉を、降谷は酷く緊張した面持ちで待つ。駒鳥はそんな降谷の様子に気づくことなくにこにこと笑ながら口を開いた。

「それで降谷くんたらさあ、...、......」
「...駒鳥さん?」

しかし、言葉は続かなかった。笑顔の状態で、みるみるうちに顔を赤く染め上げる。え、何ですかその反応。初めて見た。と、降谷は心の中で突っ込まざるを得なかった。

「あ、いや、え、えーと、うん、どんな夢か忘れちゃった!あ、体温計部屋にあるから、部屋で計ってくるね!」

首から上を真っ赤に染めて、あたふたとしながらキッチンから出ていく駒鳥。それを、降谷は呆然と見ていることしかできなかった。あんな反応、予想外である。

「期待、させないでくださいよ...!」

降谷の心からの声が、キッチンに響いたのだった。







すべてすべて、風邪のせい
2016/06/06

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