ニートと警察官

□果たす気のない約束
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「喫茶ポアロというところでアルバイトをすることになりました」
「なんて?」

降谷が言ったことがいまいち理解出来ず、駒鳥は思わず聞き返してしまった。探偵業の仕事が一区切りつき今は他のクライアントがいないため、きっと降谷は公安の仕事と組織の仕事の2つにまた戻るだろうと思った矢先の話である。

「ですから、喫茶ポアロというところでアルバイトをすることになったんです。小さいながらもメニューは充実しているんですよ。駒鳥さんも、暇なら来てみてください。僕のハムサンド、ご馳走しますから」
「………」

ぱちん、とウィンクする降谷を胡乱気な目で一瞥したあと、駒鳥は手元のパソコンで『喫茶ポアロ』と検索をかけた。検索結果を暫く眺めていれば、彼が何をしようとしているか、薄らぼんやりと気づいたのである。『喫茶ポアロ』はあの『毛利探偵事務所』の1階にあるのだ。

「一応聞くけど、なんで?」
「僕、毛利探偵の弟子になったんですよ」
「……………」

なぜこの男は自ら仕事を増やすのか。しかも微妙に答えになっていない答えを貰ってしまった。彼は毛利小五郎に用があるのか、それとも毛利小五郎の周辺に用があるのか。考えても答えは見つからない。この答えになっていない言い方をするくらいだ。詳しいことはあまり教えてくれないだろう。そう判断した駒鳥は、「暫く外に出たくないからいい」と答えるにとどめておいた。

「おや、そうなんですか?この前は百貨店に行ったというのに」
「だからだよ。筋肉痛にもなるし、暫くいいや」
「筋肉痛になるなら余計に外に出て動かないと、いつまでたっても慣れませんよ」
「……降谷くん、私に来てほしいの?」

今回はいやに食い下がるなと思い、駒鳥は不思議そうに首を傾げながら降谷に問うた。すれば、降谷は是と頷いた。

「お昼頃に来てもらえたら、あなたがきちんと食事をしているかどうか確認できるでしょう?」

そういうことか、と駒鳥は合点がいった。駒鳥は基本的に1日2食である。というのも部屋から出ずにパソコンの画面ばかり見て動くことがないので、空腹にならないのだ。また降谷が帰ってこないときは平気で1日1食のときもある。如何せん腹が空かないのであるから仕方がない。降谷の作る料理は美味しい。できれば今後も彼に料理を作ってもらいたい。しかし食べられる量についてはまた別問題である。

「今更な気もしますが、駒鳥さんにはこの前みたいに外に出て健康的な生活をしてほしいんですよ」
「本当に今更だよね」
「ええ、本当に今更ですけれど」

4年間家から出ることもなかった駒鳥にとって、本当に今更な話である。とはいえ確かにいざという時に体力が無さすぎるのも問題な気もした。いざ、なんてことは滅多にないかもしれないが。というより無いに越したことはないが。

「…気が向いたらね」
「まあ、今は引き下がってあげますよ。でも本当に、体力は少しだけでもいいので持つようにしておいてください。…全てが終わったら、あなたとデートのひとつでもしたいんですよ僕は」

ぽつん、と付け加えられた言葉に駒鳥は目を瞬かせた。降谷にとって、一世一代の大告白である。全てが終わるかどうかなんて、そんなこと分かりもしないのに。この国のために動く降谷の全てを彼女にあげられるはずもないのに。口にすることはほぼない、ただの降谷零としての願望を口にした瞬間である。駒鳥はなんと答えるだろう。鼻で笑うだろうか。苦笑するだろうか。それとも「彼女作ってその子と行きなよ」くらい言うだろうか。どれでもいい。降谷は否定の言葉が欲しかった。そうすれば、すぐにでも国を愛し憂う公安の降谷零に戻れると思ったからだ。

そんな降谷のことなど露知らず。駒鳥はくすりと笑い、ソファーのクッションに体を預けながら降谷の方に向き直った。

「…いいね、それ。どこに連れていってくれるの?」

本当に嬉しそうに、彼女はそう言ったのだ。降谷は目を見開いた。否定でもなんでもない、むしろ正反対の肯定の言葉が飛んできたのだから。降谷は暫く駒鳥を見つめた後、ゆるりと目元をゆるませた。

「……あなたは本当に、ひどい人だ」
「なんで!?降谷くんから誘ったのに!?」

心外だと言わんばかりにソファーから起き上がる駒鳥だが、妙に嬉しそうに破顔している降谷を見て首を傾げた。今のどこに嬉しい要素があったのか、彼女には分からなかった。しかし降谷のこの表情は、嫌いではない。探偵として動いているときとも、組織の一員として動いているときとも、そして国のために動いているときとも違う。ただの降谷零としての表情である気がするからだ。駒鳥のせいでそうなってしまっているだなんてことを駒鳥自身が分かるはずもなく、ぼんやりとそんなことを考える。

「冗談ですよ、冗談」
「ええ…絶対今の本気の顔だった。…ね、降谷くん。今行きたいところを唐突に思いついたんだけど、言ってもいい?」
「ええ、どうぞ」
「夜の水族館に行きたいな」

駒鳥の、眼鏡の奥にある瞳が少しだけ光って見えたのが分かった。夜の水族館とはまたロマンチックなものを言ったものである。そういえば、近く大きな二輪観覧車を伴って東都水族館がリニューアルするというニュースをやっていた。あの水族館は少々遅い時間までやっている。もしかしたら駒鳥もそのニュースを見たのかもしれない。

「では、駒鳥さんのご希望通りに」
「いつか、ね。約束」
「約束です」

小指を絡ませるような可愛らしさの無い、そんな口約束。果たせられるかも分からない、そんなある日の約束ー…。







果たす気のない約束
2018/04/25


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