ニートと警察官

□世話する役目は僕の特権
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「ねえ、降谷くん。それって楽しいの?」
始まりは、駒鳥のそんな言葉からだった。基本的に何をするでもない駒鳥は、いつも楽しそうに料理をする降谷をぼんやりと眺めるばかりであった。しかしふと興味を持ったのだ。彼が楽しそうに行う料理という存在に。

「え?」
「それだよ、それ」
「それ...って、料理のことですか?」
「ん」

今日、降谷はグラタンとサラダと野菜のコンソメスープを作っていた。駒鳥が降谷と同居を始めて数年経つが、彼が料理に手を抜いたことはほとんど無い。なぜ彼は飽きもせずそんなに楽しそうに料理を作るのか。純粋な疑問と好奇心である。定位置のソファーからほぼほぼ動かない身を起こし、ぺたぺたと素足でフローリングを鳴らして降谷に近寄る。彼の手の中を覗き込むように体を斜めにもっていき、不思議そうに今1度首をかしげた。

「ええ、料理は楽しいですよ。作るにしても色々な種類の料理がありますし、あとあなたの口に僕の作ったものが入る瞬間を見るのも結構好きなんです。...興味あります?」
「うん、降谷くんが楽しそうにしてるから興味ある」
「包丁を持ったことは?」
「1回だけ。でも持った瞬間、『駒鳥』に取り上げられた」
「駒鳥...ああ、初代のことですか」

初代駒鳥。目の前にいる彼女は2代目の駒鳥であり、初代の弟子だった。4年ほどの間、彼女と初代は同居していたのだ。
そういえば、あの男も料理は得意だったなと思い出す。基本的に生活能力がない駒鳥がいきなり包丁を持って、その身を案じた故の行動であろう。存外あの男は駒鳥に甘かった。

「ねえ、降谷くん。私にもやらせて」
「え?ええ、かまいませんが...」
「持ち方これであってる?」
「ええ。でもこっちの、食材を持つ手はもう少し丸く...ええ、そうですそうです」

今はきゅうりを千切りにしている途中であった。その続きを駒鳥は見様見真似で切ってみる。降谷のようにリズムよく切ることはできないが、トントンとゆっくり確実に切っていく。少しだけハラハラしながら見守っていた降谷ではあったが、問題ないと分かったのだろう。真剣な表情できゅうりを切り続ける駒鳥を横目に、自分はコンソメスープの味付けに入っていた。そして暫くして、「きれた」と駒鳥が降谷の服の裾を引っ張った。

「へえ、キレイに切れてるじゃないですか。初めてにしては上出来ですよ」
「んふふ」

降谷がそう褒めれば、駒鳥は嬉しそうに口元をもにょもにょとさせて笑った。そして次に何かやることはないかと降谷に尋ねたのである。珍しいこともあるものだと思いながら、降谷は次にグラタン作りを手伝ってもらうために指示を出したのであった。

***

それから暫く、駒鳥は降谷に倣って野菜を切ったり肉を揚げたりと料理の手伝いを次々とこなしていた。やらないだけでやれば出来る子な駒鳥は、すぐに料理を覚えその頭に体に吸収していく。それは目まぐるしい成長だった。あの自分のことは基本的に何もしない駒鳥が、人間的食事の準備をしているのである。喜ばしいことだ。喜ばしいことだと分かってはいるが、同時に降谷はもやもやとした複雑な気持ちになっていた。そんなある日。

「ただいま戻りましたー...、...え、何をやっているんですか」
「お帰り降谷くん!お風呂にする?ご飯にする?それともわ・た・し?」
「本当に何をやってるんですか」
「ん、新妻ごっこ」
「新妻ごっこ」

ついオウム返ししてしまうほど、降谷は帰ってきて早々衝撃を受けた。あの駒鳥が。あの駒鳥がである。まともな服を着てエプロンをし、オタマを片手に上のような台詞を言ったのだ。驚かない筈がない。ついでにいうと、素直にトキメいてしまった。不可抗力である。

「やり始めたら楽しくなってきちゃってさあ。どう?パエリア作ってみた」

オプション扱いのオタマはもう用済みらしく、さっさとしまって降谷の手を引っ張りリビングへと誘導した。机の上には、なるほど確かに中心にパエリアが置いてある。後は少しのサラダとスープもあった。普通の食事がそこにはあった。


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